1-35:運命の少女たち 上
準備していた干し肉をなんとか咀嚼して、少し体に力が戻ってきた。とはいえ、少し喋れる程度で、歩けるとなると話は全く別なのだが。同様に、ソフィアとクラウも魔力を使い果たしてほとんど動けないとのことで、今は焚火を炊いて寒さを凌ぎ、軍の救援を待っているところだ。
「……改めまして、アランさん、エルさん、クラウディアさん。ご助力ありがとうございました。それで、まず初めに確認したいのですが……あの龍がハイデル渓谷のオークを襲っていた、というのは本当ですか?」
きっと自分が意識を失っている間に、エル達がさわりだけソフィアに伝えていたのだろう。その質問に対しては、エルが頷いた。
「えぇ、そうよ。でも、魔獣が魔族と人間を見境なく襲うことは、おかしなことでは……」
「はい、本来ならそうなんです。しかし、あの魔獣には魔術を軽減する術式が体を覆っていました。つまり、魔術の知識がある何者かが、あの龍を使役していた可能性があるんです……私はてっきり、魔族側の指金かと思っていたんですが……」
そこで切って、ソフィアは口元に手を当てて、しばらく焚火を見ながら考え込んでいるようだった。十秒ほど経っただろうか、改めて顔を上げ、エルとクラウをそれぞれ一瞥する。
「すいません唐突に話を変えます。失礼は承知ですが……早急に、確認しなければならないことがあります。エルさんと、クラウディアさん。それぞれに質問です」
「……まぁ、そうなるわよね」
相変わらず木を背に腕を組んでいるエル――ただ一人だけ存分に動けるので、何かあった時の警戒をしてくれてるのだが――どこか諦めたかのような表情を浮かべていた。
「はい、それではエルさん……アナタの本名は、エリザベート・フォン・ハインライン……相違ありませんか?」
「えぇ、アナタの言う通りよ」
エルは目を閉じたまま、小さく頷いて肯定した。本名を当てられる理由は、恐らく短剣の正体だろう。
「……アナタは、宝剣ヘカトグラムと共に、三年前に行方不明とされました……調査団の報告としては、魔族によって剣聖テオドール・フォン・ハインラインが暗殺され、宝剣ヘカトグラムは奪い去られ……。
そして、その場に居たアナタも、亡き者にされていたかと。ですが、違ったのですね。四年前に何があったのか、教えていただいても良いですか?」
「……えぇ、分かった。この剣を、アナタたちの前で抜くと決めた時に、覚悟は決めていたもの。結論から言う、私は仇討のために、宝剣ヘカトグラムを拝借していたの」
仇討とは穏やかではない。だが戦時中なのだ、そういうこともあるのだろう。彼女にしか分からない心中はあるのだろうし、とやかく言う筋合いはない。
しかし、先ほどのソフィアの説明は、馴染みのない名詞が多すぎた。この世界の住人なら、本来知っているものなのかもしれないが――こちらが話についていけていないのを察してくれたらしい、エルはソフィアから視線を逸らしてこちらを向いた。
「アラン、アナタのために補足よ。ハインライン辺境伯は、レムリアを守護する貴族……魔王が復活した際には、勇者の左腕として戦う家系……私は、そこの養子だったの。そして、この剣は、本来は魔王討伐のために使われる、ハインライン家の秘宝なの」
ともなれば、本来は今回の魔王討伐に参加している剣士が持っているべきものを拝借していた訳だ。それならば、エルがそれを自分が持っていることをバレるのが都合が悪いのも納得できる。
こちらへの補足を終わらせて、エルは再びソフィアの方へと首を回した。
「お義父様は魔族に倒されたわけではないわ。エルフに殺されたの。私は、その現場にいた」
「……エルフが? 知っている方でしたか?」
エルは静かに首を横に振った。
「私が知らないどころか、テオドール様も知らないようだった……」
「剣聖テオドール、歴代の中でもトップクラスの剣士だと聞いています。その方が、いくら精霊魔法の扱えるエルフ相手とも言えど、簡単にやられるとは思えないですが……奇襲だったのですか?」
質問するソフィアに対して、エルは再び頭を振りかぶった。
「……正面から、やられていた。そして、そのエルフは、精霊魔法さえ使わなかった……手斧をそれぞれ両手に持ち、圧倒的な強さで……テオドール様は、為す術もなかった……」
少しの沈黙、それを破るよう、今度はクラウのほうから質問が出た。
「その……剣聖テオドールは、清廉潔白にして公明正大な方だったと聞いています。それでも、なにか恨まれるようなことが……?」
「そんなことない!!」
エルは珍しく大きな声を出し、周囲を驚かせている。少しの間、沈黙が続き、エルは再びポツポツと語りだす。
「……テオドール様は、お義父様は、そんな方ではないわ。領民から敬愛され、国を追われたお母様をかくまって下さり、血の繋がらない私を、実の子のように育ててくれた……そんなお義父様を尊敬していたし、また民と同じように敬愛していた……」
彼女の視線が夜空へと向く。恐らく、在りし日の景色が、空のスクリーンに映し出されているのだろう。
「ある日、お義父様と一緒に、私は訓練に出かけたわ。宝剣の使い方を、教えてくださると……そこで、アイツは現れた。銀の長い髪に、傷だらけの顔、そして長い耳……赤いマントを纏ったエルフが。名は名乗らず、ただお義父様に対して、剣を抜けと……」
そこで、剣士の目に炎が宿る。それは、復讐の炎か――しかし、続く口調は静かだ。
「……私では、アイツの動きが目で追えなかった。それこそ、まるでアイツだけ、止まった時の中を動いていると言った方が的確なほど……そして、お義父様は、ヤツの凶刃に倒れた……そしてそのままアイツは、私を手をかけることもなく、宝剣を奪うこともなく、去っていった」
そこまで言って、エルは少し俯いて黙ってしまった。これで全部、四年前の真実は言ったと――そこに疑問があったのか、ソフィアがエルと目を合わせないまま質問を投げかける。
「不思議ですね……普通は、犯行を見られたのなら、目撃者も口封じすると思いますし、そのエルフは宝剣を持ち去ることもしなかった……エリザベート様、その理由は分かりますか?」
「エルでいいわよ、私はもう、貴族の立場は捨てた身なのだから……理由は、全く分からない。ただ、なぜか奴は、宝剣を持ち去るでもなく、私に手をかけることもなく……ただ、俺を恨めと、そう言って去っていった……」
そして、エルは鞘に納まったままの宝剣を、みんなに見えるようにかざして見せる。
「……この剣は、私にとっての最後の希望なの。一度だけ、ヤツに隙が出来たのは、お義父様がこの剣を使った時……超重力の中では、ヤツも動きが鈍っていた。だから、この剣は、アイツと戦うために必要。
それで、宝剣を持ち出したのよ……復讐のために。もしこれを持って屋敷に帰ったら、この剣は取り上げられ、アイツに復讐する機会を逃す……そう思ったから」
焚火の炎を受け、宝石が静かに光る。
「……もちろん、復讐が済んだら、この剣は王国に返上するつもりだったわ。ただ、二年の間はレムリアを周って、復讐相手の足取りも全くつかめないまま月日が流れて……暗黒大陸にいるかもしれないと一年前にこちらに来て、冒険者として日銭を稼ぎながら今に至ると、そんな感じね」
そして、エルは鞘ごと短剣を腰に戻した。簡単に返すつもりはないと、そういうことだろうか。
「……ソフィア准将、このことは報告する気かしら?」
「それに関する答えは、少々お待ちください……次は、クラウディアさん、アナタです」
今度は、ソフィアはクラウのほうに向き直る。あまりに唐突で予想していなかったのだろう、クラウは小さく「ひゃい」と言って反応した。




