8-23:如何にしてこの世界は中世風の社会を形成したのか 上
「……なるほどな」
自分はアシモフの第六世代型アンドロイドという言葉に対しそう呟いた。薄々、感づいてはいたのだ。レムリアの民は旧世界の人類に対して――それは不完全ながら、チェンやホークウィンドも含む――危害を加えることが出来なかった。それは、アンドロイドの三原則が適応されているとなれば納得いく話である。
そうでなくとも、記憶や感情を自由にコントロール出来るとなれば、それは脳に何かしら作用し、ファイルを消去したり書き換えたりしているのと同義だ。
ソフィアたちにはそんな知識は無いのでピンとは来ていないのかもしれないが――少なくとも今までの話の流れだと碌なものではないことは理解できているのだろう、アガタを除いたレムリアの民たちは皆神妙な表情をしており、その中でもティアがアシモフの方を向きながら口を開いた。
「つまり、ボク達は古の神々……アナタ方の言う旧世界の人類に代わって、そもそも進化を抑制された状態で管理されていた家畜のようなもの……ということになるのかな?」
「はい、その通りです。旧人類のヒトゲノムを持ち、同時に脳内にチップを埋め込まれた人造人間……生物と同様に肉の器を持ち、交配して子を成し、同時に脳に私たち旧人類がアクセスできる生体チップを生まれながらにして持つ存在……それがアナタ達です」
「なんてこった……それじゃあ、ジャンヌが言っていたことは正しかったんだな」
ティアはレヴァルの地下でのことを言っているのだろう。あの時は自分もジャンヌが陰謀論にやられているんじゃないかと笑ったものだが、確かに彼女の言うことは事実だったのだ。そも、事実を知るゲンブから――どの程度詳細に伝えていたかは不明だが――直接話を聞いていたのだから当たり前か。
「……それだけではないだろう?」
ふと、そんな声がブリーフィングルームに響く。声のしたほうを見ると、T3が腕を組みながらアシモフを睨め付けている――老婆は辛そうに男から目を逸らし、懺悔をするように小さな声で話始める。
「はい……魔族もアナタ達同様、第六世代型アンドロイドです。魔族は通常のヒトゲノムを持つアナタ達に細胞変異の……DNAを改竄するナノマシンを埋め込むことで変異させた存在……魔族の体が死して結晶化するのは、ナノマシンの核が残るためです。
そして、変異ナノマシンに特定のアルゴリズムを埋め込み、レムリアの民と魔族が本能的に争うように仕組んだのです」
その辺りの情報は、ブラッドベリや魔族老のグレンの話からある程度の推測は済んでいた。この星に生を受けてからまだ一年と満たない自分は、客観的に――おぞましいとは思うが――事実を受け入れられる。
しかし、そうもいかないメンバーも居るだろう――とりわけ、その生涯のすべてを魔族との戦いに捧げた少女なら尚更だ。
「……何故、そんなことをしたんですか?」
ソフィアが感情のない冷たい声でアシモフに問うた。彼女は生まれながらにして魔族と戦うために教育を受け、本体年頃の子供が受ける暖かさの全てを魔術の習得と魔族との戦いのために投じてきたのだ。それが七柱の仕組んだシステムの上で自分も敵と思っていた魔族も転がされていたとなれば、事実としては理解できても感情としては受け入れがたいだろう。
少女の冷たい声に押されたのか、アシモフはまた覇気のない様子で、乾いた声で続ける。
「レムリアの民の数が増えすぎないように……社会が安定した状態では、人は食糧を備蓄して人口を増やしていきます。それを阻害するためのシステムが魔王復活です。
三百年周期で大規模な戦争を起こさせることで、土地を荒廃させ、人と魔族の双方の数を剪定し……常に一定の人口数に留まるようコントロールするために、魔王ブラッドベリを作り、三百毎に復活させて争わせていたのです」
これも、魔王が言っていた通りそのままなので自分としては新たな驚きはなかった。とはいえ、惨いことをしているというのは間違いなく――ナナコなど珍しく不快の表情を浮かべている。
「それって、自分の子供たちに、自分勝手な理由で戦争させてたってことですよね? 酷い……」
「アナタの言うことはもっともよ、ナナコ……言い訳はしないわ」
アシモフは、諦めたように小さくため息を吐きながら首を横に振った。つい先日まではレムリアの民から敬愛されていた大地の女神であったのに、今は我が子らから蔑まれた視線を浴びせられているのは堪えるものがあるだろう。
同時に、彼女が今の今まで踏ん切りが着かなかったのもその辺りが原因かもしれない。自分のしてきた悪事に蓋をして、目を背けるような行為。悪いと自覚していても、全てを失うとなればなかなか蓋を開けるのは難しいものに違いない。
もちろん、この世界の倫理は絶対者たる七柱の創造神が作ったと言えばそれまでで、強者の論理を振りかざせば言い訳も立つのかもしれないが――それでも実際に、我が子らに冷たい目で見られる現実は結構辛いものがありそうだ。
「……アナタは旧世界での仕打ちに飽き足らず、この世界でもそんな酷いことをしていたのね?」
冷酷な声が自分の右から聞こえた――見れば、スザクが両腕を胸の下で組んで正面に座る老婆を感情のない瞳で見つめている。
「えぇ……元々は、真理を探求するのが楽しくて仕方がなかった。この星に渡って来た時だって、惑星の在り方を変えられることにワクワクしたものだわ……自分の作ったアンドロイド同士が争うことも、最初は何とも思わなかった……。
それこそ、神というものはこういうものかという傲慢すら抱いたわ。自らが創造した者たちが、互いに憎み合い、殺し合うことを冷酷な感情で見つめていたのを覚えている……」
アシモフはそこで言葉を切り、胸の高さまで上げた両手をじっと見つめた。
「でも、長寿のこの身に宿ってから……いいえ、宿ったからこそかもしれないわね。老いを自覚する中で、生命の終わりを長い時間を掛けてゆっくりと感じ……自分のしてきたことを何度も振り返る時間があった。
同時に、私がしている仕打ちを知らないで、私のことを愛してくれる我が子たち……第六世代型アンドロイドと長く共に生活を続けて、高次元存在を降臨させることが正しいことか、改めて考えてみた。
最初の内こそは……自分のやってきたことを否定したくない思いがあったのでしょうね。真理を掴むには仕方ない犠牲だと思った。でも、段々と……私を慕う子たちを贄としてまで、高次元存在に手を伸ばすのは間違えているのではないかと思うようになって……」
「言い訳しないのではなかったの? それに……アナタはチェンが来なければ、ずっと過ちから目を背けたままだったはずよ」
我が子、それこそ本物の肉親に叩きつけられた正論に、アシモフは何も言い返せなくなっているようだった。自分としてもスザクの――内に居るグロリアの――意見を否定する気は毛頭ないが、同時に今になってでも過ちを正そうと思い直したアシモフの覚悟も認めてあげたい気持ちはある。
しかし、どうフォローに入ればいいものか――そう思っているうちに、場の空気を変える乾いた音が響いた。人形が叩く手の音に、一同は視線をそちらに集める。




