8-22:旧世界の顛末と生きる海について 下
「教会の聖典は、幾分か歴史的な事実に依拠して作られています……アナタの言う通り、聖典に語られる主神が金色の光を纏う巨人として記載されたのは、旧世界を覆った高次元存在が世界に降臨した姿のことなのです。
制御しきれなくなった高次元存在は進化を止めた全ての人類を取り込み……そしてその際に生じたエネルギーにより母なる大地は人の住めない惑星になってしまいました。私たちDAPAの幹部陣は有事に備えて用意していた恒星間移民船……これは現在では魔王城として残っていますが、それで宇宙に逃れて……」
「……逆に、旧政府軍の僅かに残った残党は、月に逃れてDAPAを追う外宇宙航空艦を作成するのに時間を取られました。旧政府軍の宇宙技術は無人探査機などを打ち上げるのが主で、有人の宇宙船を外宇宙にまで飛ばす様な技術はありませんでしたから……DAPAを追う船を造ることに関しては、ほとんどゼロスタートという状態でした。
宇宙船ピークォド号が完成するまでにはゆうに百年はかかり、多くの同胞は寿命により亡くなってしまったか、すでに戦う意志も削がれて月の海に眠り……こうして私とホークウィンドだけが、恐らくもう一度同じ実験をするであろうDAPAを止めるために彼らを追って長い旅に出たのです」
ゲンブがそこで言葉を切って一息つくと、代わってアシモフが話し始める。
「チェンの言う通り、もう一度高次元存在を降ろすための実験をするために宇宙を彷徨っていた私たちは、新たな知的生命体と、その者たちが停滞の三千年間をおくる箱庭を求めました。
まず、新たな箱庭としては、母なる大地に条件が近いこと……豊富な水分があり、同時に惑星の規模感が近いこと。そして……降臨する高次元存在を閉じ込められる檻とすることが可能という点を考慮しました。
この惑星レムは、そのすべての条件に合致していました。海そのものが生きており、この海の情報処理能力を活用すれば、高次元存在を海に閉じ込めることが出来る……」
「レムの海が生きてるってのは、どういうことなんだ?」
「この星の海の底には、とある強大な装置が最初から存在していました……その装置が海をコントロールし、有機的な動きを示していた、が正しいですね」
「まどろっこしいな、つまり?」
「海底に無数のモノリスが埋まっているのです」
アシモフの言葉には、自分はなんだかピンとこなかった。そもそも、モノリスというものすら自分の目で見ていないのに、それがどれ程すごいのかはあまり実感も沸かない。何より、先ほどの話によれば ――。
「アナタはこう思っていますね、アラン・スミス……この星には我々を除く知的生命体は存在しないのではないかと。それは今となっては正しいですが、過去には違ったであろう、ということです。
先ほどチェンが説明した通り、モノリスは知的生命体を生み出すために作られる……そしてその目的は、宇宙開発が出来るレベルまで生命が進化することです」
「つまり、この星は遥か昔に他の知的生命体が居て、そいつらは一定以上の進化を成して、星の海に出ていったってことか?」
「そういうことです。それも、数千万年も前に行われていたようです。惑星レムに元々存在した知的生命体が残した遺物は、長い長い時間の経過による浸食と、人工の月を作成したことによるテラフォーミングによる影響で、ほとんど跡形もなく消失してしまいましたが。
ともかく、この星にはただ知識のない原生生物と、持ち運ぶことのできないほどのモノリスとが存在する、我々の実験を続けるにはこの上なく都合の良い星だったのです。
さて、初めて我々がこの星に降り立った時、レムの海は……正確にはレムのモノリス群は、我々に対して消極的な対応を取っていました。しかし月を作り環境そのものを変えようとしたとき、レムの海は怒り、我々を排除しにかかりました」
「それはなんでなんだ?」
「一つの仮説としては、原生生物の中に進化の兆しがあり、テラフォーミングがそれを阻害してしまうという説。とはいえ、テラフォーミングの事前調査では、知的生命体に進化しそうな生物はいませんでした。
もう一つの仮説としては、この星を発った古の種族が、いつか戻ってくるのをモノリス達は待っていたから……先住民が住めない環境になるのを阻止しようとしたのではないかというもので、こちらの説の方がまだ幾分か説得力もあるように思いますね。
とはいえ、我々もモノリスを完全に解析できているわけではないので、その真意は不明です」
「なるほど……それで、どうやってレムのモノリスを鎮めたんだ?」
「我々が運んできた最後のモノリスと、その管理者を海底に送り込み、海との対話を図ったのです。モノリス同士の共鳴により、レムのモノリスをコントロールしようとしたのですね。
その目論見は功を奏し、レムのモノリスを活用できるようになった我々は、旧世界の技術を凌ぐ莫大な情報量をそのコントロール出来るようになり……その管理者こそが、アナタの知る女神レムです。
彼女はおよそ一人の人間が持つはずの何兆倍という情報量の中で自己を喪失させ、今残っているのは管理AIの人格のみですが、記憶としてはオリジナルの物を持っています。その断片的な記憶の一部が、DAPAの所業に関して違和感を持ち、今回の行動に繋がったわけですね。
次に、高次元存在の降臨に利用する新たな知的生命体に関してですが……最初は第五世代型か第四世代型の改良で代用しようとしていました。しかし、第五世代までのアンドロイドはモノリスに接続が出来なかったのです」
「はぁ……なんでだ?」
「これは右京の仮説ですが、宇宙に意味を生み出す知的生命体には、肉の器が必要なのではないかと……事実、旧世界の人類、つまり我々はアミノ酸からなる肉の器を持っていました。
対する旧型のアンドロイドは、演算能力の高さから来る能力への自認や、自己保存の原則からくる消失への恐怖など、一部人間に近い感情や独自の思考を持つものの、高次元存在の望む意味の創設までには至らない。
情報や知識が並立化され、ある程度決まった規格で身体を作成される第五世代までのアンドロイドは、すでに我々旧人類によって規程された倫理観を元に行動してしまいます。そのため、新たな意味を生み出すのには足らないのではないかと……」
アシモフはそこで一度言葉を切り、改めてこちらを――ソフィアからアガタまでを流し見て息を吸い込んだ。
「そして、その仮説を元に作られたのがアナタ達……第六世代型アンドロイド、通称レムリアの民……チェン・ジュンダーがアシモフの子と称した者たちの正体です」
次回投稿は5/17(水)を予定しています!




