8-21:旧世界の顛末と生きる海について 中
「三千年となると、ちょうど惑星レムの歴史にも一致しますね」
そうだ、ソフィアの言う通り――ブラッドベリがおよそ三百年に一度復活するのであれば、すでに九回魔王征伐が行われた今の状況では三千年近い時間が経過していることになる。
「えぇ、その通りです。ソフィアは賢いですね」
「アナタに言われると、なんだか含みを感じますが……」
「他意はありませんよ。本当に感心しているのです……まぁ、その辺りは旧世界での顛末を話し終えたら説明しますよ」
人形はわざとらしく我らが准将殿に手を振ってから、姿勢を正した。
「さて、我々旧政府軍は諜報活動により……潜入工作をしていたのは私とホークウィンドですが……DAPAの目的を知りました。元より、戦争により信頼は失墜していたものの、国家レベルの力を凌ぐ力を持つ複合産業には各国が警戒を示していたこともあり、対応が行われたのです。
その一環が、虎によるDAPA要人の暗殺……彼らも手を焼いたからこそ、惑星レムにおいても邪神ティグリスという名前だけ残った形ですね。
そして実際、虎の活躍でデイビット・クラークの暗殺にまではなりました。DAPAはクラークのカリスマで纏め上げられていた部分もあり、その彼が暗殺されたとなれば我々の勝利も目前だったのです。
しかし、クラークが没するのと同時に虎も殺され、急速にDAPAを纏め上げた人物がいます。その者こそが……」
「アルファルド……右京か」
自分の呟きに対し、ゲンブの代わりにアシモフが小さく頷いた。
「はい。彼はクラークを倒した原初の虎の首と引き換えに、DAPA幹部の席を要求してきました。
元々、DAPA側の厳重なシステムをハッキングしてくる彼の手腕は高く評価されていたし、敵対し続けるくらいなら引き抜けた方が良いだろうとその要求を飲んだのですが……その後は彼がクラークに代わって裏から指示を出すことで、DAPAは瓦解の危機から脱したのです」
「今にして思えば、彼は最初からその時を狙っていたように思いますね。クラークと言う絶対のカリスマが居る状態では組織を乗っ取ることが出来ない。それ故に、同じくコントロールの効かない原初の虎を差し向けてクラークを暗殺させ、虎も葬ってのち、組織が崩壊しかけたところに潜入する……自分の意のままに操れるように、ね」
続くゲンブの言葉が本当なら、右京とやらは相当にやり手ということになる。むしろ、旧世界の二大組織を手玉に取り、掌の上で転がしていたというのか。
実際、シンイチはどうであったか――涼し気で頭が切れ、思慮深く慎重、時に大胆だったが、世界を欺けるほどであったかと言えば疑問は残る。ブラッドベリがT2を手にしたときは本気で焦っているように見えたし――しかしそう思ってしまうのは、逆に彼がそれだけ自分のことを警戒させないよう上手く演じていた可能性もあるか。
今となっては、実際の所は分からないが――やはり何となくだが、自分は右京という男を、正確にはシンイチのことを疑いきれていないのだろう。なるべく客観的に判断しようと努めてはいるが、どうしても心のどこかでフォローを入れてしまう。
そんな風に思考をぐるぐると回していると、人形の口から出るカタカタという音に引き戻され、自分は改めて正面を向いた。
「ともかく、原初の虎亡き後は、私やホークウィンド、べスターにグロリア達が戦いを続けましたが……泥沼の戦いの果て、終には高次元存在が母なる大地に降り立ちました。ですが、DAPAにも誤算がありました。旧人類の魂を回収しに母なる大地に降り立った高次元存在をコントロール出来なかったのです」
ゲンブがそこで言葉を切って横を見ると、視線の先の老婆が頷いた。
「元々、降臨する高次元存在は、モノリスを連結した超巨大サーバーに封印する予定でした。高次元存在と言えど肉体を持たない彼らは、言ってしまえば超巨大データの蓄積……人が作った規格に収まるかはゴードンは疑問視していましたが、どの程度の容量ならば捉えられるかは試してみないと分からなかったのです。
そしてゴードンの懸念の通り、高次元存在を捉えきることはできませんでした。それは、旧政府軍によって母なるモノリスが奪取され、処理できるデータ量が規定値を下回っていたこともありますが……恐らく、モノリスがあと一つある程度では処理しきれなかったでしょう。
そして捕らえきれなかった高次元存在は巨大な金色の光の粒子となって、旧世界を覆ったのです」
「巨大な光の粒子……光の巨人?」
ティアの呟きに対し、アシモフは頷き返した。




