8-20:旧世界の顛末と生きる海について 上
「さて、ここからがDAPAの出番です。宇宙開発を推進していたDAPAは三つのモノリスを発見し、それらの解析を進めました。モノリスの解析に大いに貢献したのが魔術神アルジャーノン……本名ダニエル・ゴードンです。
彼は元々知的障害者でありましたが、それを解消する手術により高い知能を得て、モノリス解析に尽力したと言います……そして解析の結果、いくつかのことが判明しました。
一つは先ほど話したように、この世界の意味を究明するために知的生命体の進化を高次元存在が推進していること。そして、ある一定の進化を遂げた生物は高次元存在から自立することが分かりました。
逆に、高次元存在が魂を分けた存在である生物が進化を遂げなかった時の顛末も判明しましてしまったのです」
「……どうなるんだ?」
こちらの質問に対し、人形は意味深に頷いて後、一拍置いてから続ける。
「ある知的生命体が進化を遂げなかった場合、それらの生物は失敗作として役割を終えます。進化することが意味を更新し続けることを意味し、一方で知的生命体の停滞は意味を生み出さないからです。
モノリスにより知能をもたらされた知的生命体はとくに高次元存在との連結が強く、その魂は主神の高次元存在の分霊のような存在……人が長らく肉体に宿る魂と考えていたものは、部分的に間違いではありません。魂というものは、モノリスを通じて肉の器に宿った高次元存在の一部だからです。
それらの魂は一体一体は微細でも、群体としては影響力も小さくなく、そう言った意味で進化をやめた種族の魂を高次元存在は回収しに来ます……DAPAはむしろそちらに目を付けました。
知的生命体がある一定の進化を完了してしまうと、親が子を離れるように、知的生命体は高次元存在から独立した道を歩まなければならない。それは逆説的には、一定の進化をなした生物は永久に三次元の檻に拘留されることを意味します。
逆に三次元の檻を破り、人類が次元を超えた進化をするのなら、高次元存在と同等か、それ以上の存在にならなければならない……それが、DAPAの創設者、デイビット・クラークの提唱した理論でした。
それ故に、DAPAは……クラークは、敢えて旧世界の人類を高度な情報戦略でもって形骸化し、進化を抑制することで高次元存在を母なる大地に降ろし、次元の壁を突破する術を手中に収めようとした……これがDAPAが旧世界において行おうとしたことです」
「またなんだか頭の痛くなる話だが……とりあえず、知的生命体の一定の進化ってのはどういったラインになるんだ?」
質問すると、人形が首を回してエルフの老婆の方を見る――アシモフは頷き、こちらへと向き直った。
「端的に言えば、宇宙開発が出来るレベルの技術力を持つことです。三次元存在としての進化の一つの到達点として、恒星系の中に三つのモノリスを発見することが求められます。
旧世界の人類で言えば、まずは月のモノリスを、次いで地中深くに埋まっていた母なる大地のモノリスを発見し……またその解析結果でもって、最後のモノリスを発見したことで、旧世界の人類は進化の臨界点に到達する寸前までいったのです」
「そこまで進化してたのに、旧世界の人類は停滞していると判断されたのか?」
「えぇ……進化と言うのは技術力レベルもそうだけれど、知的生命体においては精神的な要素も大きいのです。むしろ、技術的な面は高次元存在からしたら取るに足らない部分ですからね。そして、我々は……」
アシモフはそこで言葉を切って目を伏せてしまう――旧世界で行った自分の行為を言葉にするのが憚られているのかもしれない。黙ってしまった老婆の代わりに、人形がこちらを向いて口を開いた。
「DAPA産のアンドロイドとAI開発による雇用減……社会管理においても、AIによる管理は無くてはならないレベルになっていました。そうでなくとも、国際化により世界的に文化、知識レベルがある程度画一化されていき、多くの地域で少子高齢化が進み、旧世界の人類は文字通りに若さと情熱を失っていたのです。
世界規模で蔓延する停滞感に付随して、戦争を起因とする各国政府に対する旧勢力に対する人々の不信感や、環境破壊に上乗せして、同じくDAPAの情報技術の占有による世界的な情報統制に人々は厭世感を抱き、未来に対する希望もなく、ただ老いた犬のように静かに朽ちるのを待つだけになっていました。
仮にDAPAがモノリスの情報を開示し、その解析結果を以て更なる技術発達……たとえば恒星系を抜け出せるような宇宙技術の発達を見せれば、人は更なるフロンティア精神を持ち直したかもしれませんがね」
要するに、本来なら三次元存在として進化の最終形態に立つはずだった旧人類は、DAPAが情報を秘匿したことにより、精神的に停滞した状態に陥ってしまったということか。
「ふぅん……逆に、進化の停滞って言うのはどういう風に判断されるんだ?」
「ある知的生命体が一定の知能を持ち……すなわち生産を開始し、言語を操るようになってから三千年を目途に、技術の発展をさせず、また精神的な成長も見込めない状況が一定の期間続くことです。
旧世界においても技術が停滞する時期はありましたが、地域ごとに独自性があり、ある地域が停滞しても別の地域が進歩する、ということはありましたから、全人類が同一に停滞するということは無かったのです。
しかし、情報技術が発展すると、世界規模で技術レベルや文化レベルが画一化されるので、一斉に進化が止まる……ということがあり得てしまうのです」
なるほど、確かにそうなるのか――と同時に、三千年と言う数字になんとなくだが感じる所がある。それは自分と同様だったのか、ソフィアが椅子から少し身を乗り出した。




