8-18:高次元存在の目的について 中
「さて、それでは会議を続けましょうか。特に質問が無いようなら、今後の動きについて話したいと思うのですが……」
「質問だ。結局、七柱の創造神たちの狙いは何なんだ? 一応べスターから軽く聞いてはいるが、一万年前のことだしな」
「そうですね……まだ詳細を知らない人も居るはずですし、改めて話しましょうか。アシモフ、私の説明で何か齟齬や不足があったら訂正や補足をお願いします」
老婆が無言で頷き、人形が改めて席についている全員を見渡した。
「では、彼らの目的と旧世界での顛末、そして七柱の創造神と名乗る彼らがこの星で何をするつもりだったのか、という順で話していきましょう。
まず、七柱の創造神、旧DAPA幹部たちの目的ですが、これは高次元存在……この世界の聖典で言うところの主神の力を我が物にするのが目的です」
「高次元存在……以前、学長がアランさんに話していたね」
ゲンブの話が一段落したタイミングで、ソフィアが話に割り込んでゲンブの方を見た。
「ちなみに少し脱線ですが、学長ギルバート・ウイルドには魔術神アルジャーノンが宿っていた……これは間違いありませんか?」
「はい、仰る通りです。我々の王都襲撃の目的はアルジャーノンの撃破であり、これはセブンスの活躍によって達成しました。
人格が宿っている状態で器が脳死すると、記憶修復のために半年は掛かりますから……もう三か月ほどはアルジャーノンは無力化されていると思っていいでしょう」
ゲンブは一旦アシモフの方を見ると、老婆は再び無言のまま頷いた。要するに、ゲンブの認識は同じ七柱のレア神から見ても間違えていないということになる。
そうなると、事態としてはこちらに追い風と言ってもいいだろう。学長に宿っていたアルジャーノンが動けないということは、同時にシンイチに宿っていた右京も動けないということになる――更にアシモフとレムは味方であり、ヴァルカン神は話せば味方に引き込めそうだ。つまり――。
「倒さなければならないのはルーナとハインラインだけか?」
自分が質問をすると、ゲンブの代わりにアシモフが口を開いた。
「そうですね……七柱の創造神で言えば、ルーナの対処だけで済むはずです。ハインラインの起動に関しては、アルファルドの権限が必要ですので……また、エリザベート・フォン・ハインラインの身柄がこちらにあるのも僥倖ですね。
とはいえ、ルーナは現在各地に点在している第五世代を起こして周っていますし、戦闘力で言えばジブリールとイスラーフィールが厄介です。なので、数の上で言えばまだまだ我々が不利ですし、決して楽な戦いにはならないかと」
その後、アシモフから熾天使の共有を受け――テーブルの中央にホログラムが映り、映像付きで説明をされ――同時にラバースーツの男、アズラエルの説明も受けた。
説明されているアズラエル自身は、何やらこちらのことをじっと睨んでいた。恐らくだが、元々は敵対者、ある種仮想敵として設定されていた原初の虎が護るべき主君の前に居るので警戒していたのだろう。
そしてアシモフの説明が一段落したタイミングで、ゲンブが再び話を始める。
「さて、話を戻しましょう。高次元存在の存在は、旧世界から発掘された三つのモノリスの解析から発覚しました。そもそも、高次元存在の目的は、三次現存在である知的生命体の進化にあるのです」
「……どういうことだ?」
「乱暴な言い方をすれば人形遊び、哲学的な物言いをするなら存在意義の微分です」
「はぁ?」
あまりに抽象的な言い回しに要領を得ず、思わず馬鹿みたいな返事を返してしまう。とはいえ、ゲンブは笑うこともなく、人形の瞳をじっとこちらへ向けてきた。
「アラン・スミス。もしアナタが肉体を持たず、ありとあらゆる時空間に干渉できる存在だとして……世界に価値を見出すことが可能でしょうか?」
「いやぁ、ミスったとしても時間を巻き戻せばいいし、何なら最初からミスをしない可能性が見えてるわけだろ? というか、常に利益が出る選択をしていけばいいし……楽しくはないかもしれないが、楽なのは間違いないんじゃないか?」
「それは、肉の器にあるアナタの尺度の話でしょう? 一歩引いた目線で考えてみてください……最初から全ての可能性を取捨出来る状態にあって、何が正解で、何が間違いなんですか?
もっと言えば、肉体が無ければ生存本能も防衛本能もない、劣等感も優越感もない……そんな状態で、何が善で何が悪か判断できますか?」
「それは……出来なさそうだな……」
言われてみれば、人が良いだの悪いだのを決められるのは、人の生と能力には限りがあり、個体差があって他者との比較があるが故かもしれない。クラウが苦しみの根源は肉の器にあるとか言っていたことを思い出す――逆を言えば、苦しみがあるから人は感情を持ち、能力に限りがあるから善悪を規程するのかもしれない。
一方で、高次元存在とやらは――細かいことは分からないので恐らくだが――悠久の時を生きる肉体も無いような存在で、絶対的な力を持っている。そうなれば、何が良くて何が悪いかなど判断できないのだろう。たとえばある時、ある場所、ある個人にとっては良いことであったとしても、それは歴史の潮流と言う俯瞰した目線で見れば一長一短であるのと同時に、事実としての過去は残っても、そこに絶対的な善悪を見出すのは難しいのと同じようなものだろう。




