8-17:高次元存在の目的について 上
会議が長引いたことにより、少し休憩時間が取られることになった。席を立つ者や隣席と会話する者など様々にいるが――自分としては右隣で俯いているスザクのことが気にかかった。
「スザク、大丈夫か?」
「半分はね……アランさん、シンイチさんは本当に悪い人なのでしょうか?」
喋っている途中でスザクの雰囲気が変わった。こちらの呼び方的に、今はテレサの人格が前面に出ているということだろうか。シンイチは彼女の想い人でもあった訳で、先ほどの話で彼が敵側と知った今は複雑な心境であろうと察することができる。
「そうだな……少なくともソフィアの記憶を改竄したのはアイツみたいだから、良い奴とは言い難いだろうが……アイツを疑いたくない気持ちは分かるよ」
「……何故、ですか?」
「うーん、そうだな……勘でしかないが。アイツと話をしていた感じが、かな。別に人の心が分からないやつではないし、逆に気を使ってしんどそうにしていたというか……頭は少しばっかり良いけど、後はどこにでもいる青少年って感じと言うか……」
こちらの言葉に対し、スザクは視線を落として悲し気な表情を浮かべる。
「そうですか……むしろ、私はあの人のことを全然見れていなかったんでしょうね。寡黙で、高潔な方だと私の目には映っていましたから……きっと勇者様としての側面しか私には見えていなかったのでしょう」
「そんな……見れてなかったってことは無いんじゃないか? 人によって接し方も変わるし、見え方も違うってだけの話だろ?」
「そうかもしれません。でも……私はアランさんが羨ましいですよ。シンイチさんは、ただアナタにだけ、気を許していた部分があると思いますから……」
スザクはそこで言葉を切って、静かに目を閉じ――再び瞼が開いた時には、先ほどの少々勝気な雰囲気に切り替わっていた。
「……実際、シンイチさんとやらが右京であるとするなら、アナタに懐いていたのも納得するけれどね」
「今度はグロリアか……どういうことだ?」
「アイツはアナタを先輩と呼んで慕っていたから……傍から見たら、アレは演技には見えなかった。本心から、アナタのことを信頼していたように思うの」
「……なるほどな」
逆を言えば、アイツはかなり早い段階でこちらの正体に気づいていたのだろう。それこそレムの記憶を見ていたのか、自分の立ち居振る舞いを見て判断したのか――どちらかと言えば後者のように思う。
つまり、アイツの言う「先輩に似ている」はある意味では言葉通りの意味だったのだ。自分とオリジナルは正確には別人なのかもしれないが、それでもこの身を構成するDNAはオリジナルの物であり、ある程度は人格も似通っているのだろうから。
そう思えばこそ、自分としてはやはり混乱してしまうのが本音だ。あの夜――魔族によるレヴァル襲撃があった後、城塞都市で語らったことを思い出すと、シンイチは自分に対して悪意を持っていたとは思えない。
もちろん、その悪意は自分に対しては無かっただけで、他の者に対して向いていたのなら問題なのだが――そんな風に思っていると、スザクは机を見つめながら眉をひそめて口を開く。
「でも、私はアイツを許さないわ。右京の本心がどうであったかなんて分からないし、知ろうとも思わない……けどね、アイツが裏切って、私の大切なものを奪っていったのもまた事実」
「難しい奴だな、お前はさ」
「そうね、難しいわ、我ながらね……でも、アナタが一番アイツに対して怒る権利があると思うわよ? 何せ、アナタの信頼を裏切ったのはアイツだもの」
「……そうかもな。でも残念ながら、裏切られたことも覚えてないし……何なら、この世界の俺は裏切られてないからな」
そう、オリジナルは裏切られたのかもしれないが、クローンである自分はまだ裏切られていない――それがアイツを恨めない理由かもしれない。そう思ったタイミングでゲンブが人形の小さな手を叩き、それに合わせて各自が元々座っていた席に戻り始める。
「……と、時間だな。良かったら、また色々と聞かせてくれよ」
「構わないけれど……私はあまり、右京の話はしたくないわね」
「そうか……そうだよな。でもまぁ、聞きたいことは色々あるんだ。右京以外のことでも構わないからさ」
「えぇ……そうね。私もアナタと色々話したいし」
自分とスザクは会話を切り上げ、円卓そのものに座す人形の方を見つめる。そしてゲンブも全員が着席したのを見てから口をカタカタと鳴らし始めた。




