8-14:真一と右京の関係性について 上
T3が席に着いてからも、こちらは男の方をじっと睨み続ける――先日、エルフの集落で少しこの男のことを認められたようにも思っていたが、撤回だ。全く失礼極まる奴と仲良くなんかできはしない。
T3の方はと言えば、目を瞑りながら背もたれに深く腰掛けて無視を決め込んでいる。しかし、あからさまに不機嫌そうな雰囲気も出しており――それに耐えられないのだろう、自分とT3に挟まれているナナコがおろおろとしていた。
しばらく自分とT3の間で見えない火花を散らしていると、ゲンブが「あぁもう、アナタ達は顔を合わせればそれですねぇ」と仰々しく声を上げた。
「しかし、朗報ですよアラン・スミス。まぁ、アナタにとっては朗報でもないかもしれませんが……ともかく、T3の冤罪が確定しました」
「はぁ? 何を言ってるんだ?」
「アナタが我々を……主にT3を目の敵にしていたのは、勇者シンイチを殺めてしまったことが原因でしょう?」
「原因はそれだけじゃないが……まぁ、確かに主だった理由はそれだな」
「そう、それでは……もしシンイチ・コマツが倒すべき敵の一人だったとするなら、T3のことを許してやってもらえないでしょうか?」
「何を馬鹿なことを……アイツは、この星に生きる人々を想いながら戦って、そして死んだぞ!?」
シンイチの最後を侮辱するような人形の言葉に、自分は思わずテーブルを叩いて立ち上がってしまっていた。場にいる一同は驚くでもなく、自分のように怒る訳でもなく、ただ静かに自分の方を見ている。
そんな中、エルフの老婆がこちらを見ながら口を開いた。
「原初の虎……アラン・スミス、落ち着いて聞いてください。私はレムから共有を受けています……第九代勇者であるシンイチ・コマツには、アルファルドが……星右京が宿っていたのです」
「……なんだと?」
右京というのはちょうど先ほど夢の中で聞いた名だ。それが、こんなにすぐに他の者の口から出てくるとは――自分が驚いて態度を軟化させたのを見計らったのか、ゲンブがすかさず割り込んでくる。
「星右京については、べスターから聞きましたか?」
「あぁ。俺のオリジナルを殺したって聞いたが……」
「そう、その通り。そして、それだけではありません。彼こそが七柱の創造神たちの実質的なリーダーにして、旧世界を滅ぼした最大の戦犯であると言っても過言ではありません。彼の本体はオールディスの月にあるのでまだ滅せてはいませんが、T3は我々の最大の敵を一時的に撃退していただけに過ぎなかったのですよ」
それは、我々もアシモフに聞くまで知りえなかったことですが、とゲンブは付け足した。
「ちょっと待て、お前らの言うことが事実だとしても、なんで右京はシンイチに宿っていたんだ?」
そう、そもそもの疑問はそこだ。確かに、シンイチは異世界の勇者であることを勘定しても浮世離れしたように思うし、七柱が宿っていたというのは妙な説得力はあるが――同時に、なぜ右京はシンイチに宿っていたのか、その合理的な理由が全く見えない。
自分の質問に対しては、ゲンブでもアシモフでもなく、アガタが手を上げて口を開いた。
「それに関しては、私からお答えしましょう。そもそも、シンイチ・コマツにアルファルド神が宿っていたことが、私がクラウを異端審問に掛けざるを得なかった原因ですから。
ゲンブが惑星レムに降り立ったのが今からおよそ三百年前。ちょうど、勇者ナナセがブラッドベリを討伐している時期だったようです。そして、ゲンブの暗躍に気付いていた七柱は二柱……レムとアルファルドです。
厳密に言えば、アルフレッド・セオメイルの生体チップの停止に違和感を覚えたレムの記憶を、アルファルドが確認して知っていた、というのが正しいですが……」
「アルファルドは、レムの記憶を覗き見れるのか?」
「はい……そこに関しては、レア様が答えたほうが良いでしょう」
アガタはそこで言葉を切って、左を見ながらエルフの老婆の方を見た。対するアシモフは頷き、自分の方を見て再び話し出した。
「レムは、この星の海を活用した生体コンピューターです。彼女のオリジナルの脳が、海と月の塔の最深部にあり……海に宿る電子と演算処理能力でもって、この惑星で生ける全てのアンドロイドを管理しているのです。
そもそも、私たちがこの星に入植したのは、海を巨大な演算処理装置として活用するため……旧世界で捕獲できなかった高次元存在を、確実に惑星に封じ込めるために荒れ狂う海の星を選んだのですよ」
「はぁ……なんだか難しいな」
「一旦、この話は置いておきましょうか。ともかく、レムが旧世界のそれをはるかにしのぐスーパーコンピューターであることと、その管理者がアルファルド……右京であり、レムの記憶を右京は閲覧できることが分かってくれれば問題ありません」
現在のレムは自身に高度なプロテクトを掛け、右京の復活に備えて居ますが――アシモフがそう付け加えて後、またアガタがこちらに向き直った。
「それで、アルファルドは他の七柱に対して秘密裏に、自らの人格をシンイチに転写していました。理由としては、仮に本当にゲンブがこの星に来ているとして、暗躍をしていた時に……とくにブラッドベリと手を組んでいた時に、対応できる人物が居ないと困るだろうと判断したためです。
その一方で、私は彼のお目付け役として、クラウの代わりに勇者に同行する必要がありました……レムはアルファルドのことを警戒しているので、何かあった時に対処するのに、私が同行する必要があったのです」
「それで、クラウを異端審問にかけた訳か」
「えぇ、申し訳ないことをしたとは思っています。しかし、ややもすればこの星の未来に関わる……それこそ、魔王と言う脅威を遥かに凌ぐ恐ろしいことが起きるかもしれない。それで……」
アガタの言葉は最後は消え入るようであった。恐らくアガタの感情としては、単純にお目付け役としてクラウを追放したわけではあるまい。魔王征伐を凌ぐ脅威に、親友を巻き込みたくなかったから――だから、自分が泥を被ってでも、クラウと入れ替わるようにシンイチに同行していたのではないか。
ただ、仮に自分の予測が正解であっても、気丈な彼女は本心を告げることはないだろう――いつかクラウもアガタの本心を分かってくれればいいのだが。




