8-10:我らが黄金期 中
「なぁ、グロリアのことについて、もう少し聞いておきたいんだが……」
「構わんぞ。そうだな、何から話そうか……」
「先日、あの子はお前が拾ってきたということは言ったな?」
「ファラ・アシモフ暗殺のために潜入した先で拾ったとか何とか……誘拐だった訳じゃないんだよな?」
「まぁ、大人が未成年を親の同意なく連れ去る行為を誘拐と言うなら、お前は旧世界の倫理観においては立派な犯罪者だ」
ベスターは煙草を唇から離して、皮肉気に口元を吊り上げた。
「茶化すなよ……重要なのは、本人の意思だ」
「そこにおいては本人の意思だ。脱出のために彼女の能力が必要だったという意味ではなし崩し的な部分もあるが……鳥かごからの脱出を望んだのは間違いなくあの子の自身だ」
「何かグロリアにも事情があったのか?」
「あの子は、能力開発の実験台にされていたんだよ。浮遊能力も発火能力も超能力開発の一環として彼女に施された処置だ。そしてそれは、実の母親であるファラ・アシモフの主導で行われていたんだ」
「……グロリアは、実験台にされることから逃れたかった?」
「どうだろうな……オレはあの子じゃないから、正確なことは分からん。しかし、重要なのはそこではない気がする。いや、本当の所はあの子自身だって分かっていないのかもしれない……」
「……どういうことだ?」
そこで男は煙草を口に戻し、大きく息を吸い込んで、ゆっくりと煙を吐き出した。
「なんとなくだが、彼女は自分の居場所を探していたように思うんだ。倫理観は置いておいても、もし彼女がDAPA内で必要とされていたのなら、あの子は鳥かごを抜け出そうとしなかったんじゃないかと思う。
あの子は、単純に実験台に使われていた訳じゃない……親に道具として使われていたんだよ」
なるほど、べスターの意見は絶妙ながら頷ける。仮に過酷な環境に置かれていたとしても、そこが自分の居場所だと想えるなら――それが歪だとしても、人は存外にそこから逃げ出そうとはしないものかもしれない。
そう言う意味では、グロリアは人体実験に晒されていたことに不満があったのではなく、彼女自身が求められていなかったから耐えられなかった――道具として扱われ、人格を尊重されないのが耐えられなかった、そういうことなのかもしれない。
自分がそんな風にかみ砕いていると、男はまた煙草を咥えながら話を続ける。
「ファラ・アシモフは間違いなく天才だった。アンドロイド工学者にして、同時にアンドロイド心理学の権威で、医学についても明るかった。別に彼女に異様な上昇志向があったとは思わないが、同時に研究欲の化身でもあった。
彼女がDAPA内でその地位をあげていったのは、偏に社内で稟議を通しやすくするためと、予算を確保するため……彼女にとっては結婚も、家族も、自身が研究しやすい環境を整えるための道具でしかなかったんだ。
そう言う意味では……グロリア・アシモフの境遇はソフィア・オーウェルに近いかもしれない」
「……なるほどな」
ソフィアに近い。それだけ聞けばべスターが何を言いたかったのか理解できた。もしファラ・アシモフが娘のことを愛しており必要としていたのなら、グロリアは鳥かごを抜け出すことはしなかったのだろう――そこが彼女の居場所になるからだ。
要するに、彼女は実験台にされた挙句、親からの愛を受けられなかった。そのため、DAPAにはグロリアという少女の精神的な安らぎが無かった。それが、彼女が親の元から去った理由か。
「それで? 俺が誘拐してきた後のグロリアはどうだったんだ?」
「ほう、誘拐したのを認めるのか」
「身に覚えは無いんだが、親の同意なしに連れ去るのは確かに誘拐だからな……ともかく、目が覚める前にもう少しグロリアのことを知っておくべきだと思うんだ。懐かれてたっては本当なんだろうが……逆に、俺が全く分からないってんじゃ、なんだか申し訳ないからな」
「まぁ、話すのは構わんがな……ただ、変に予習しておくこともないんじゃないか? 厳しい言い方になるかもしれないが、今のお前とグロリアの知るお前は別人なんだ。お前のオリジナルが彼女と積み重ねた関係性は、もう取り返すことはできはしないんだから」
実際の所、べスターの言う通りだろう。話を聞いたって思い出すわけではない――オリジナルとグロリアの関係を聞いたところで、それは自分によく似た違う誰かの話であり、自分の経験ではないのだから。




