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8-9:我らが黄金期 上

「よぉ、アラン」


 気が付くと、真っ暗な空間にいた。声のしたほうへと振り返ると、そこには椅子の背が一つ、そこに白衣をまとった男の顎が乗っかっているのが見える――まだ目元までは見えないが、顔の輪郭までは見えるようになっていた。


「今回は随分と長く眠っていたようだな」


 べスターはそう言うと、手を無精髭の生える口元へ持っていき、咥えているそれをつまんで口から紫煙を吐き出す。


「へぇ……喫煙者だったんだな、お前」

「今のオレには実態がある訳でもないからな。コイツを吸っても味もしないし、臭いもしない……ついでに言えば減りもしない」

「それでも吸うんだな」

「まぁ、言ってしまえば生前の癖だな……」


 べスターは紙巻き煙草を大きく吸い、そして口から紫煙を巻き上げる。彼の言うよう、火種が燃えて一瞬だけ煙草は短くなるものの、気が付けば元の長さに戻っているように見え――そして彼が噴き出した煙は、まだ自分が覗くことのできない深淵の彼方へと飛んで消えた。


「オレの姿が随分と見えるようになっているようだな」

「あぁ、そのようだ。最初は足元しか見えなかったんだが……」

「成程……そいつはあまり良くないことなのかもしれない」

「どういうことだ?」

「最初はADAMsが身体に馴染んできている証拠かとも思ったが……まぁ、それもあながち間違えでもないのだろうが。だが、お前がこの暗闇の中でオレと会話をする時には共通点がある」


 そう言われて、べスターとこの空間で会合した時のことを思い出す。最初はブラッドベリと戦った後、次は王都でT3とやり合った後、そして今回はエルに心臓を貫かれて後の計三回、その共通項は――。


「……大怪我をした後、か?」

「その通り。なんでこんな実体のない姿で存在できているのか、オレ自身も分かっていないのだが、有り体に言えば残留思念の様なものだろう。それが鮮明に見えるようになってきているということは……」

「俺自身が死に近づいている、ということか」

「安直な推論で根拠もないが、そう言う可能性もありうるということだ。どうすれば解消されるかは分からんが、強いてを言うならお前の肉体に限界が近づきつつあるということなのだろうから、少しでも長生きしたいのなら無茶はするな。とはいえ……」


 べスターは煙草を一吸いして後、指に挟んだそれの先端をこちらへと向けてきた。彼の続く言葉は「どうせお前は無茶をするのだろう」なのだろうが――自分だって恐ろしくないわけではないのだ。


 思い返せば、自分は傷を負うこと自体にはそんなに躊躇はない。恐らく、サイボーグ化していた時に痛覚が無かったのが原因だろう。今は生身なので苦痛もある訳なのだが、前世の記憶から本能的に動いてしまうので、その辺りに関しては仕方ないと思っている。


 とはいえ、自分が消えるとなれば話は別だ。消失の恐怖はと言うものは、ある意味では生物が持つ根源的で絶対的な何かだろう。それを恐れるがあまりに、人は死後の世界を信じ、それを約束してくれる信仰というものにすがってきたのだから――自分だって人である以上、その恐怖が全くない訳ではないのだ。


 暗闇の中で自分の手を見つめてみる。今はまだ、確かに存在するこの体――いや、この体を認識できる自己は存在する。世界を認識する自我が消失するリスクを背負ってまで、自分は戦うのか――そう自問自答した時、ある明確な答えが脳裏に浮かぶ。


「……消えるのが怖くない訳じゃないぜ。だが、もっと恐ろしいのは……あの子たちが七柱の創造神たちの勝手に巻き込まれて、不幸になることだ」

「ふぅ……そうか」


 こちらの答えを聞いて、べスターは煙草を自身の口元に戻した。


「お前のやりたいことを否定する気はない……だが、少し思うんだ。果たして、お前がそこまでのリスクを背負ってまで、彼女達やこの世界に生きる人々を守る必要があるのか、とな」

「俺は、あると思うから……」

「だから、それは否定しないさ。だがな……何者かに守られることが、本当にその者たちのためになるのか……それを考える必要はあるのだと思う。

 極論だが、助かりたくないと思っている者にまで無理に救う必要は無いかもしれないし……何より、誰かに守られて得られる安寧は、果たして本物なのだろうか?」

「それは……」

「そう、他人によってもたらされる安寧は、逆を言えばその安寧をもたらした者が居なくなった時に一気に崩れる。本物の平穏ってやつは、当人たちが勝ち取ってこそ価値がある物なんじゃないか……そんな風に思ってな」


 ベスターの言うことは真っ当で、返す言葉を失ってしまう。レムに呼び出されたことを考えれば、自分は本来はここにいるべき人間ではなく、ある意味では摂理を歪めて現れた存在だ。そんな自分があれやこれとこの世界に介入するのは、そもそも自然な流れに反する行為でもある。


 とはいえ、ルーナたちのやっていることが正しいとも思えないし、そう言う意味ではこの世界の住人達に肩入れするのもありなのではないか。いや、そもそも自分の手でどうにかできるなどとも思い上がりか――どう返答すべきか悩んでいる間に、べスターは煙草を一吹きした。


「もちろん、お前の言いたいことも分かっている。この世界の歪みは大きすぎて、レムリアの民たちが自立するまでは誰かが手を差し伸べなければならない……それもきっと一つの正解さ。そしてオレは、お前がそれをしようと思うのなら協力だってする。

 だが、無闇やたらに過保護にするのも、それは別の歪みを生じさせかねない。だから、もう少し何をすべきなのか……今一度考えてみてもいいのかもしれないぞ?」

「……考えるのは苦手なんだ」

「苦手と言えるのは、向き合っている証拠さ」

「はは、そうかもしれないな……だが、少なくともルーナ神は倒さなけりゃならない。それが俺である必要は無いかもしれないが……クラウのことは、絶対に救い出してやりたい」

「あぁ、そうだな。そこに関しては賛成だ。そのために、オレも力を貸そう」

「頼むよ、べスター。ちなみに、今回は俺が随分と長く眠っていたと言っていたな? 具体的に、どれくらい眠っていたんだ?」

「正確な時間は不明だ。オレはお前の感覚を通して世界を認識している……目をつぶられてちゃ、時計の針も見えはしない。だが、聴覚は生きているからな。周りの声を拾うに、丸三日は眠っているようだ」

「なるほど。分かる範囲で良い……皆は無事か?」

「あぁ、オレが認識している範囲では、お前が覚醒していた時以上の犠牲者は出ていないな……ちなみに、グロリアとソフィアが眠るお前の側でずっと喋っているようだ」

「グロリア……」


 エルと戦っている時にテレサに宿る彼女と少しだけ会話したが、グロリアはこちらのことを深く知っているようだった。同時に、自分が彼女のことを知らないのを残念に思っていたように思う。


 ともなれば、少しでも彼女のことを知っておかなければ不公平なように感じられる。せっかく彼女を知っている者がいるのだから、話を聞いておいても損はないだろう。

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