8-6:ソフィア・オーウェルの思考と記憶について 上
ガラスの向こうで複雑な機械に――なんだかこう、脳みそとかを診る時に使う装置であったように思うが名前まで分からない――ソフィアの身体が寝たまま入れられた。
ファラ・アシモフがキーボードで――と言っても実物ではなく、空中に浮かぶモニター型のそれ――高速で何かを打ち込んでいる。何をしているのか確認しようとアシモフの背後に周ってモニターを見てみるが、恐ろしい量の文字が高速で下に流れて行くだけで、残念ながら自分の頭では何が起こっているのか微塵にも分からなかった。
仕方なしにアシモフの後ろから離れ、横長の椅子の上にちょこん、と座っている人形の横に自分も腰掛ける。改めて周りを見回すと、ここの設備の精巧さが目に入ってくる。先日まで旅をしていた南大陸の剥き出しの自然豊かさが嘘のような未来感であり、少しだけ見て回ったガングヘイムの機械に近いと言えば近いが、それでもここの方が何となく精密な機械が集まっている、という印象だ。
「なんだか凄い機械ですねぇ。でも、ゲンブさんはお人形さんなのに……」
「なんでMRI検査の機器を作ったか、ですかね? それは、アナタやT3に何かがあった時のために……」
「あ、いえ、こんな小さなお人形なのに、これだけの施設を作ったのって凄いなぁって思ってただけなんですけど」
「ははは、成程、お褒めに預かり恐悦至極……しかし、私からしたらなんてことはありませんよ」
人形が部屋の隅の方へ向かって指を動かすと、床に散乱していた螺子やら金属の板やらが浮きだして一か所に集まっていく。更にゲンブがその小さな手をカチャカチャと動かすと、それに合わせて何かの部品たちが組み合わさっていき、あっという間に何かの機械が出来上がった。
「このように構造データを把握している物ならば、念動力で組み上げられますから……溶接は手間が要りますがね」
「ほへぇ……ゲンブさん、可愛いのに凄いんですね!」
そう、ゲンブ人形の外見を見た時からずっと可愛いと思っていた。ガングヘイムで目覚めた時、自分もこういうフリフリな服を着ていたとアランたちから聞かされはしたのだが、動きにくいし似合わない気がしてなかなか自分が着るとなると勇気が出ないのだが、こういう趣向の服は自分の好みなことは間違いない。
人形から聞こえてくるのは男性の声ではあるのだが、ゲンブの声そのものが少々艶っぽくて色気があるので、それがまた怪しい色香がある――そんな風に思いながら人形の着ている服をじっと眺めていると、人形はこちらの熱視線に応えてくれたのか立ち上がってくるりと一回転して見せた。
「別にこの外見は私が選んだわけではありませんがね」
「そうなんですか? てっきり趣味なのかと……ホークウィンドさんじゃなさそうだし……はっ、まさかT3の趣味ですか!?」
「……そうですよ? あぁ見えて彼、可愛いものが好きですから」
「えぇ……人は見かけによりませんね……」
いつも怒っているようなあの顔で、フリフリな服が好きだなんてイメージにそぐわないけれど――いや、人の趣味を否定するのは良くない。人にどんな趣味があったっていいじゃないか。それこそ、あんな傷だらけになるまで戦ってた人なのだし、ストレス発散のために少々特殊な趣味を――こういう考えも偏見か。
良くない良くない、そう首を振っていると、気が付けば人形はいつの間にか椅子から離れてアシモフの近くへと移動していた。
「どうですか?」
「そうですね……アナタが言っていたように、彼女には二回の改竄の形跡があります。二度目の方で、レムが一度目のコードを消去したようだけれど……」
「一度目の変更者と、変更内容は分かりますか?」
「えぇ……その辺りは彼女が目覚めてから話しましょうか」
「私は構いませんが……それで、施術に問題は?」
「問題なく進んでいるわ……それで、ちょっとこれを見て頂戴」
アシモフが半身を翻しながら、ゲンブの方へと人差し指を流すと、元々彼女の前にあった一枚のホログラムモニターが人形の方へと移動した。
「成程、彼女もこの世界の歪みに気付いていたのですね。それなら、ルーナやアルファルドの介入が無い場所なら、真実を伝えても問題ないでしょう。しかし、それはレムの方で感知していなかったのでしょうか?」
「そのようね。その理由も、私は何となくわかっているけれど……彼女の口から直接聞けばいいでしょう。きっと面白ことが分かるはずよ」
アシモフはそこで言葉を切って、改めてキーボードへと向き直り、またしばらくの間タイピングをして後、キーを強く押した。そして彼女がホログラムを払うように右手を動かすと、空中に浮かんでいたモニターがすべて消えて、ガラスの向こうの機器の中からソフィアの身体が外に出てくるのが見えた。
しかし、ソフィアは中々目を覚まさない。見ている感じ、普通に呼吸はしているようだけれども――心配になって、自分も移動し、施術者に質問をすることにした。




