8-4:母子の邂逅、再び 上
宇宙船ピークォド号が目的地に到着したのは、ソフィアが眠りに着いてから半日ほど経った後だった。都合、移動を開始して二日で辿り着いた形だ。
船から格納庫に降り立った瞬間、肌に刺さるような感覚に、つい両腕で身体を抱きしめるようにして縮こまってしまう。
「……寒い!!」
船を陸地に降ろすタイミングはブリッジに居たので、イヤな予感はしていたのだが――何せ外は猛吹雪であり、基地内は屋内と言えども相当冷え込んでいることは容易に想像できたからだ。
「その恰好ではな……」
声のした方へと振り返ると、巨大な黒装束の男性がアランを肩に抱えて立っていた。身長差を考えると本当に見上げると言うほどの差があり、本来は威圧感を感じるのだろうが、視線と声は優しいため、ホークウィンドに対する恐怖感は無かった。
「あ、あははぁ……船に乗る前までは丁度良かったんですけど……」
「うむ、セブンスは若く代謝が活発であろうからな……ともかく、私に着いてくるがいい。基地内の医務室には暖房もあったはずだ」
「それなら、私も……」
おそらく、ホークウィンドがアランを抱えていることから、ソフィアもホークウィンドの側まで来て横に並ぼうとする。しかし、それは宙を浮遊する人形が、ぎぎと音を立てながら首を振って制止した。
「いいえ、ソフィア・オーウェルはファラ・アシモフと共に私に着いて来てください」
「でも、私はアランさんが心配で……」
「いいえ、なるべく早く済ませたいことがあります。アナタの生体チップにプロテクトを掛けるのです。本当は摘出するのが一番ですが、脳に埋まっているそれを取り出すのはリスクもありますので……」
「えぇっと……?」
ソフィアは首を傾げ、一瞬だけこちらを見てくるが――ゲンブの言いたいことが自分に分かる訳が無く首を振ると、ソフィアは「そうだよね」と苦笑を浮かべて改めて人形の方へと向き直った。
すると、今度はゲンブ人形のすぐ隣に立っていたエルフの老婆が――ファラ・アシモフが口を開いた。
「端的に言えば、アナタが私以外の七柱から干渉を受けないようにする、ということよ。ここはルーナ達も干渉できないはずだけれど、万が一ということもある……早めに対処しておいた方が良いでしょうね」
「そういうことなら……でも、それならエルさんも……」
ソフィアはそう言いながら、宇宙船の昇降口付近で所在なさげにしているエルの方へと振り向いた。ソフィアの言う通り、七柱の創造神から干渉を受けて一番リスクがあるのはエルだし――もっと言えば、もう操られなくなるとなれば、エルも安心できるようになるに違いない。
「そうですね! ファラさん、エルさんにも是非!」
「残念ながら……エリザベート・フォン・ハインラインの生体チップは、私では書き換えできないわ。その権限は、リーゼロッテ・ハインラインのみが持つ……武神ハインラインと言った方が分かりは良いかもしれないわね」
「そんな……」
アシモフは申し訳なさそうに首を振り――合わせてエルの方を見ると、こちらの会話が聞こえていたのか、俯いて小さく縮こまってしまっている。その様子にいたたまれない想いになり、自分はエルの方へと移動して正面に立ち、背の高い彼女を見上げるようにして声を掛ける。
「エルさん、大丈夫ですよ! きっと何か手段はありますし……とりあえず、ここに居れば安全、なんですよね?」
一応確約は出来ないことなので、確認のためにゲンブの方へと振り返ってみるが、こちらの意に反して人形は再び首を振った。
「完全に安全とは約束できないですねぇ。ここはバレてはいないと思いますが、追跡されていないとも限りませんし……同時に、私が思いつきもしない方法で、エリザベート・フォン・ハインラインを遠隔で操作する方法があるやもしれません」
「もう! 不安になるようなことを言わないでくださいよ!」
「ははは、世の中絶対はありませんから。とはいえ、簡単に干渉はされないはずですよ。惑星レムにおいて、少なくともここが一番安全な場所と言っても良いでしょう」
「ほっ……ということですので、エルさんもそこまで気を落とさずに!」
「ナナコ……悪いわね。ふぅ……」
こちらに気を使ってくれたのだろう、エルは口元に微笑みを浮かべてはくれた。しかし心の重責が勝ってしまったのか、すぐに暗い表情になりため息をつく。それをフォローするかのように、船から降りてきたティアがエルの肩を叩いた。
「エルさん、ナナコの言う通り……アラン君はきっと気にしてないよ。というか、彼自身が選んだことなんだからさ。むしろ、今みたくしょぼくれている方が、彼も心配すると思うね」
「ティア……ありがとう。アナタも大変なのに……でも……なかなか、ね」
「まぁ、きっと彼が目を覚ませば、ボクもエルさんも心の重荷も降ろせるだろうさ。早く目覚めて欲しいねぇ……」
そう言いながら、ティアはアンニュイな笑みを浮かべてホークウィンドの肩にいるアランを見つめた。ちょうどそのタイミングで背後から「ともかく」と声が聞こえて振り返ると、人形が扉の方を――恐らくエレベーターだろう、扉の上に階層を示すライトがついている――指し示していた。
「早めに施術室の方へ向かいましょう。グロリアが来ると面倒なことに……」
「……あぁ! ちょっとお待ちになって!」
アガタの声が聞こえた瞬間、宇宙船の昇降口の方から炎の渦が飛び出してきた。炎は人形が差し出した手から紡がれた結界によって防がれたが――すぐにテレサが宇宙船から躍り出て、炎を纏った左腕でファラ・アシモフに向けて振りかざした。
その拳は、ファラ・アシモフの近くで控えていたアズラエルが腕で止めた。そしてテレサが一度拳をひいた瞬間、次はゲンブが結界を張って炎の拳を防いだ。




