8-3:基地への空路にて 下
「……ちょっと、話についていけないのだけれど?」
「アガタ、グロリアには事情を説明していないのかい?」
押し黙ってしまったソフィアに代わって、ティアがアガタに質問をした。
「はい。ピークォド号に乗るまではルーナの監視がありましたから。テレサ姫にもグロリアにも説明はしていませんでした。
また、南大陸を移動している間は、今ほどグロリアさんの人格が前に出てるわけでもなかったですし……というかグロリアさん、テレサ様は今どうされているのですか?」
「アナタ達の感覚で言えば、ちょうど目が覚めた、と言うべきなのかもしれないけれど……」
そこでグロリアは一旦言葉を切って、静かに目をつぶる――次に瞼を開いた時には、なんとなくだが暖かい印象に変わっていた。恐らくだが、テレサ姫の人格が現れたということなのだろう。
「段々と、互いの人格の境界が曖昧になってきている感じがするんです。私はテレサなのか、グロリアなのか……今はまだ、彼我の差はあるんですが……徐々に記憶と感情が混同し始めているんです」
「……それは、大丈夫なのかい?」
ティアが心配そうに声を掛けると、テレサは苦笑いを浮かべた。
「あはは、大丈夫か大丈夫じゃないかも良く分からないですね……ただ、別に後悔はしていません。あのまま王城に籠っていたとしても、きっと何も変わらなかったし、気分も晴れなかったから……ただ……一つだけ、恐ろしいことがあります。
私は、果たして誰に好意を寄せていたのか……私は、シンイチさんのために魔人の力を受け入れました。でも、魔人はアランさんを想っていて、私は変わらずシンイチさんを想っています……この想いが曖昧に霧散してしまうのが、何よりも恐ろしいのです」
そう、絞り出すように紡ぎ出された言葉はなんだか痛ましく、先ほどまでつんけんしていたソフィアも申し訳なさそうに俯いていた。
人格が融合していく、記憶や感情が自分だけのモノでなくなる――それはどんな感じがするのか。なんとなくだが、恐ろしいことのように思う。つい先日までは自分で思い通りにしてきた身体と心が、自分だけのモノでなくなるという感覚――記憶喪失の自分がそんな想像をするのもおかしな話なのかもしれないが、自分が自分でなくなるような恐怖感というのは味わいたくはない。
テレサという女性は、そんな恐怖感と戦っているのか――いや、彼女の言葉を借りるなら、それすらも良く分からなくなっているのか。ともかく渦中の本人であるテレサは、またなんだか申し訳なさそうに笑い、ソフィアの方を見た。
「ソフィアさん、ごめんなさい。私がアナタの邪魔をしてしまったようで……」
「あ、いえ、テレサ様が謝ることでは……」
「いいえ、アナタがアランさんを大切に想っているのは、イヤと言うほど分かりました。それは、私の内の魔人も理解してます……ともかく、私は少し眠ります。意識は覚醒してても、身体に疲れが溜まっているようなので……」
テレサはそう言いながら、空いているベッドの方へとフラフラとした足取りで向かい、そのまま倒れ込むように横になった。
「……ソフィアさんも、眠っておいた方が良いですよ。アランさんが起きた時に、目の下にクマを作ってたら、心配させてしまうでしょうから」
それだけ言い残し、テレサ姫は枕に顔を埋めてすぐに寝息を立て始めた。それを見送って後、ソフィアは再びアランの方へと向き直るが――すでにほとんど完徹しているのだから、瞼を擦ってつらそうにしている。
ある程度は好きにさせてあげたいけれど、これ以上はストップをかけるべきだろう。自分はドアの前からようやっと離れてソフィアの隣にまで移動し、その小さな肩を叩いた。
「テレサさんの言う通りだよ、ソフィア。大丈夫、アランさんが起きたら、ソフィアのこともすぐに起こすから」
「……ほんと?」
「うん! まぁ、私が起きている内は、だけど……」
「それじゃあ、ナナコが寝るときには私を起こして」
「それは構わないけれど……そこまで無理しなくても良いんじゃ……?」
「……約束だから」
「えっ?」
ソフィアは眼を擦りながら呟き、アランの眠る隣のベットの布団を持ち上げた。
「アランさんが戻ってきたら、一番最初にお帰りなさいって言うのが私の仕事なの。だから、本当は眠りたくないんだけど……でも確かに、私も限界だから……」
呟くような声が聞こえると、またこちらからもすぐに寝息が立ち始めた。火花を散らしていた二人が寝入ったことで、ようやく医務室にも落ち着いた空気が戻り、ティアもベッドに腰かけてアガタに向かって話しかけた。
「……えぇっと、それで、結局ボクらはどこに向かっているんだっけ?」
「何やら、ゲンブの作ったアジトへ向かっているようですわ。この星に人形だけ降ろした際に、七柱にバレないように作った場所らしいですけれど……三百年の増築で、結構な規模間になっているらしいです」
本来は単独で大気圏を突破できるピークォド号の速度であればすぐに着くらしいのだが、七柱にバレないように迷彩をほどこしながらゆっくりと移動しているので、到着までには今しばらくかかるとのこと――とアガタが説明してくれた。しかしこの場にいる全員が科学的なことにはあまり強くないので、三者ともなんだか煮え切らない表情で「なるほど……」と呟くこととなった。
次回投稿は4/26(水)を予定しています!




