8-2:基地への空路にて 中
「……ティアにナナコ、おかえりなさいませ」
その声は、扉の横から聞こえた。そちらを見ると、アガタ・ペトラルカがベッドに腰かけ、なんだか疲れたような表情でこちらを見ていた。
「あぁ、ただいまアガタ……それで、アラン君の様子は?」
「見ての通り、まだ眠ったまま……ついでに、あの二人も大体あんな調子ですわ」
アガタが顎で指し示したほうを見ると、二つの金髪が一つのベッドを挟むように対峙しているのが見える。二人とも、目の下にクマを作って、片時もそこからを離れようとせず――眠っている青年の顔を見るとき以外は、彼の体の上で視線の火花を散らしている状態が続いていた。
「テレサ様、なんだか眠たそうですよ?」
「何回も言っているけれど、テレサではないわ。そう言うアナタも、先ほどからうつらうつらしてるんじゃない?」
「むっ……グロリアさん、その体はテレサ様の物です。我が物顔でいるのもどうかと思いますが?」
「別に、我が物顔でいる気はない……気が付いたら、この体に宿っていたというだけなんだから」
ソフィアとグロリアが、ずっとこんな調子でバチバチしており、その空気に耐えられなくなってティアを案内しに出ていたのをすっかり忘れてしまっていた。
「そもそも、アナタはアランさんの何なんですか?」
「人に質問するときは、まずは自分のことから説明するべきじゃない? と言いたいところだけれど……そうね……将来を誓いあった仲、かしら」
「……えぇ!? ど、どいうことですか!?」
「どうもこうも、言葉通りの意味、だけど……?」
グロリアは最初の内こそ得意げな調子であったのだが、段々と気まずそうに視線をソフィアからずらしていく。そして、それを見逃すソフィア・オーウェルではない。少女はじっとした視線を亜麻色の髪の女性に投げかけた。
「怪しいです。何かちょっとしたことを拡大解釈してるんじゃないですか?」
「そ、そんなことないわ。全部終わったら一緒に暮らすって約束したもの」
「む、むぅ……それはそれで確かに結構重大な約束をしているようですけど……でも、雰囲気的には結婚とか、そういう意味合いではなさそうですね?」
「そ、それは……そうだけど……」
「きっと、止むに止まれぬ事情があって、行く当てのないアナタをアランさんが養ってくれるとか、そんな感じの約束なんじゃないですか?」
「あ、うぅ……」
ソフィアの怒涛の質問ラッシュに、グロリアは反論することが出来なくなっているようだ。しかし、最初の印象ではグロリアという人格は攻撃的で少々きつそうと思ったが、こう見るとなんだか可愛げがあるようにも感じられる。
むしろ、ソフィアの方が怖いかも――そんな風に思っていると、自分の隣でティアが小さく手をあげて、ソフィアの攻撃を遮った。
「ちょっといいかいソフィアちゃん。テレサ姫の中にいるグロリアという人格は、アラン君と旧知だっていうのかい?」
「あ、うん。多分そうだよ。まぁ、本人から聞いた方が早いと思うけれど……ダンさんが言っていたことは事実だった、ということになるのかなと」
「えぇっと、それはつまり……アラン君の前世は本当に邪神ティグリスだった……ということかな?」
ティアの質問に対し、ソフィアは小さく頷いた。
「レム神の真意は分からないけれど、可能性としては十分にあり得ると思ってたよ。卓越した危機察知スキルやADAMsを利用した戦闘能力もそうだけど、それ以上に……レム神が何か重大なことを任せる相手なら、それ相応の格は必要になるから」
「はぁ……クラウは大分動揺していたけれど、ソフィアちゃんはアラン君がティグリスでも構わないって思ってた訳か」
「うん。だって、旧世界においては、七柱も古の神々も、互いに自らを正義と思って戦ってただけなはずなんだ。
そうなれば、仮にアランさんの前世が邪神と呼ばれる存在であっても、それは勝者側が敗者にそう烙印を押し付けただけで……アランさんの存在そのものが邪悪であることの証明にはならないもの」
「確かに、アラン君はアラン君だしね。同時に、ソフィアちゃんは七柱の創造神達に対して疑問を持っていた、ということになるのかな?」
「ジャンヌさんの顛末を見たら、ね」
ソフィアがそう言うと、場は一気に静かになってしまった。ジャンヌとやらの顛末を自分は知らないが、何か重大なことがその人の身に起こったということなのだろう。そしてややあって、ティアが頷き口を開いた。
「成程……しかしそれにしても、七柱の創造神と敵対していた者を蘇らせるは、少々腑に落ちないけれど……」
「うぅん、そんなことないよ。レア神……アシモフさんを筆頭に、七柱の創造神の間で内部分裂が起こってるんだ。そうなれば、敵の敵は味方……ということで、邪神ティグリスを蘇らせてもおかしくはないかなって」
「ふむ……それなら、記憶を持ったまま蘇らせれば良かったように思うけれど……アガタ?」
ティアはソフィアから視線を離し、変わらずベッドに腰かけているアガタの方を見た。
「私も何故記憶をもたない状態で復活させたのか、その辺りの事情は細かくは聞かされておりません。ただ、元々レムはアランさんがこのような渦中に身を投じることを前提にはしていなかったようです……魔王と対峙し、ADAMsを取り戻したのは想定外だったようです」
その言葉に、ソフィアもライバルから視線を放し、アガタの方へと振り返った。
「そうなんですか? それだと、私の仮説は崩れてしまうかも……」
「ソフィアさん、私に対して敬語は止めてくださいな。ともかく、レムがアランさんに依頼した、この世界を見て欲しいは何の表裏もない事実……そのうえで前世の記憶が無い方が、フラットな意見を聞けると思っていたのは本当のようです」
「……アガタさんは、アランさんを蘇らせた理由は聞いてるの?」
恐らく、ずっと敬語で接していた相手に慣れていないのだろう、ソフィアの口調はなんだか少したどたどしかった。しかし、ソフィアが敬語を崩せる相手は、結構信頼している相手との印象がある――それをアガタも感じているためか、たどたどしい敬語に対しても柔和な笑みを浮かべて少女の方へと視線を移した。
「えぇ。レムがアランさんを蘇らせたのは、ゲンブ達と手を組むか決めるため……この世界の在り方が彼の感性から言って間違えているのなら、レムはゲンブ達と協力し、可能ならレアとヴァルカンと手を組んで、急進派の七柱と戦うように考えていたようです。
そして、彼はこの世界が歪んでいると判断し……それに合わせて、レムはゲンブたちと手を組むことを決めたのです」
「……それは、私たちを守るため、だったのかな」
「そうですわね……彼は七柱の創造神たちが管理するこの世界の在り方に疑問を持ち、アナタ達の心を守るための最善は何かを常に考えていたと聞いています。ゲンブたちと敵対行動を取っていたのも、戦うポーズをとっておかないと、アナタ達に何をされるか分からないからであったとも」
「そっか……やっぱり見えないところでも、アランさんはずっと戦ってたんだね……」
ソフィアはまたベッドに視線を戻し、泣きそうな表情で眠る青年の顔をじっと眺めた。対面にグロリアは、なんだか腑に落ちない、という表情でアランやアガタの方へと視線を行ったり来たりさせている。




