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8-1:基地への空路にて 上

 横開きになった自動ドアを一歩、二歩と踏み入れてから振り返り、自分は一緒に艦内を見て周っているティアの方へと振り返った。


「それでこちらが……キッチンです!!」


 宇宙船ピークォド号に乗り込んでから、すでに丸一日が経過していた。船に乗ってからしばらくの間は各々が前日の疲れや傷を癒すのに休んでいたのだが、今は落ち着いており、気晴らしのためにティアに船内を案内することになったのだ。


「あぁ、ありがとうナナコ……しかし記憶喪失だって言うのに、船の中のことを覚えているものなんだね」


 緑色の髪を振りかざしながらティアがキッチンの中へと入ってきて、辺りを見回してから自分の方へと振り返って真紅の瞳でこちらを見つめてきた。


「えぇ、そうですね……私も扉に近づくと何となく、何の部屋だったか脳裏に浮かんでくると言いますか……ともかく、以前に私がここにいたことがあるのは、間違いないみたいです」

「なるほどねぇ……しかし、キッチンと言っても見たことのない機材ばかり……いや、そうでもないかな? 海と月の塔の部屋に割り当てられてたキッチンに近い感じがするね」


 ティアはコンロの前に移動すると、つまみを回して火をつけたり消したり、シンクの水を流したりしている。


「そう言えば、ティアさんは料理出来るんですか?」

「あぁ、出来るよ。何なら、クラウに料理を教えたのは半分はボクさ。もう半分がステラ院長……彼女の技を見てボクが出来るようになって、それをクラウに教えた形だね」

「なるほど……なんだか話を聞いていると、ティアさんはクラウさんのお姉さんみたいですね」

「あはは、なるほど、お姉さんか……あんまり気にしたことはなかったけれど、確かにそういう部分もあるかもしれないね」


 シンクから視線を離してこちらを向いたティアは、そう言いながら寂しげに口元に微笑みを浮かべた。あぁ、そうだった――こんな話はしないほうが良かったかもしれない。気晴らしに船内を散歩していたというのに。


 キッチンを出てしばらくの間、ティアは物憂げな表情をしたまま黙ってしまった。事態が好転していないのは火を見るよりも明らかなのだが、他に良い話題も思い浮かばず――それに、やはり自分もクラウのことが心配であるのだし、彼女の容体を聞いてみることにする。


「あの……クラウさんの調子は……?」

「相変わらずだね。退行してしまって、とても普通に話せる状況じゃない」

「その、ティアさんのことは……」

「……やはり、忘れてしまっているみたいだ」


 ティアは目をつぶりながら頭を振る。物心ついた時から一緒にいた相手が自分のことを覚えていない、それはきっと凄く辛いことだ。もちろん、起こってしまった事実は変えようが無いし、自分がティアにできることと言えば気晴らしに付き合うことくらいだが――そんな風に思っていると、ティアは困ったように眉をひそめながらも笑ってくれた。


「あはは、そんな顔をしないでおくれよ……確かにクラウがボクのことを忘れてしまっているのは喜ばしいことじゃないけれど、彼女はボクのことを敵視しているわけじゃないからね……こればかりは不幸中の幸いと言ったところか。敵視さえされてなければ、また関係性を作っていけばいい。

 だけど……ボクはルーナのことを絶対に許しはしないよ」


 途中までは穏かな調子だったのに、最後の一言は静かで、同時に凄まじい怒気がこもっており――それこそ、味方であるはずの自分すらも怯んでしまうくらいのものだった。思わず固唾を飲み込むと、ティアはこちらが引いてしまっているのを察知したのか、鼻の頭を掻きながらいつもの柔らかい雰囲気を取り戻した。


「えぇっと、変な雰囲気にして悪かったね……所で、ここが艦内の最奥かな?」


 ティアが指さした方向には、通路の果ての部分――黄色と黒の警戒色で囲まれている扉があった。


「そうですね……あの扉も何となく覚えはあるのですが……」


 二人でその扉の前へと立ってみるが、センサーは動かないようだった。扉の横にある装置を動かせば開くのかもしれないが、どう操作すればいいのかも皆目見当もつかないし――。


「……こんな厳重に保管されている所、入ったのがバレたら怒られちゃいそうですし、確認するのは止めておきましょうか」

「ふぅん……そんな風に言われると、つい中を見たくなるね」


 そう言いながら、ティアは装置の前に立って、適当にボタンを押し始めた。とはいっても、やはり簡単には操作できないようになっているのだろう、少ししてティアは両手を上げて「お手上げだ」と呟いた。


「ここには何か大切な物が保管されているのかな?」

「恐らくは……それに、残りの部屋もエンジンルームとか、私が見ても機能が全然分からないところばかりなので、案内しても意味不明かと」

「それじゃあ、一旦アラン君達の所へ戻ろうか。もしかしたら、彼も目を覚ましているかもしれないし」

「そうですね……そうしましょうか」


 二人で踵を返し、アランの眠る医務室の方へと向かう。アランは先日の戦いによる怪我が原因なのか、未だに意識を取り戻していない。怪我は既に完治しており、またピークォド号にある様々な医療機器から命に別状は無さそうとは判明しているのだが、それでも丸一日眠ってしまっている。


 彼の体についてはエルフの長であるレア――ファラ・アシモフがある程度理解しているとのことだが、彼を蘇らせたのはレムであり、正確なことはアシモフにも分からないとのこと。肝心のレムは通信できない状態らしく、ひとまずは手の打ちようもなく、彼が起きるのを待つことしかできないのが現状だった。


「アランさんって、以前にもこんな風に目を覚まさないことってあったんですか?」

「うぅん、どうだろう……何度も死んでおかしくない重症を負っていたけど……そう言えば、あくまでも気持ち程度だけど、大怪我をするたびに意識を失って、段々と眠る時間が増えていっていたような気もするね」


 龍と戦った後は比較的すぐ、魔王と戦った後は数時間で目を覚ましていたが、王都襲撃の後は半日は目を覚まさなかったとか。


「……そう考えると、アランさんにこれ以上の無茶はさせられないかもしれないですね」

「そうだね……次は目を覚まさない、なんてこともありうるかもしれない。それに、最悪の場合は……いや、止めておこうか」


 ティアは途中で言葉を止めたが、彼女の言いたいことは分かる。最悪の場合、もう次は無いのかもしれない――それは自分も考えていたことだ。とはいえ、あくまでも可能性の一つとして検討しただけで、もう少し待てばひょっこりと目覚めてくれるという予感もある。


 何にしても、不安なことが山積みな状態でマイナス思考で居ても仕方がない。自分は両手を握って笑顔に努めた。


「きっと大丈夫ですよ! アランさん、頑丈ですし!」

「あぁ、そうだね……ボクもなんだかそんな気がするよ。何せ、アラン君だしね」

「はい!」


 ちょうどティアに相槌を打ったタイミングで、医務室の前まで戻ってきた。そして自動ドアが開かれ、何の気なしに足を室内に一歩踏み入れた瞬間、そもそも自分たちが何故に気分転換に外に出ていたのかを思い出した。

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