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7-76:嵐の後で 下

「アラン・スミスはセブンスとソフィア・オーウェルに任せる。セブンスが居れば第五世代型の気配は認識できるし、ソフィア・オーウェルはジブリールとイスラーフィールの前に出ては危険だからな」


 T3の言葉には、いち早くソフィアが頷いた。


「そうですね……私では操られてしまう危険性がありますし。それに、魔術はあの透明な機械人間にも通用しますから。仮に追手が来ても、アランさんを守るのに役に立つと思います。とはいえ、アナタも怪我が酷いようですが?」

「問題ない。片腕は動く。それで、アガタ・ペトラルカとグロリア、それにクラウディア・アリギエーリのもう一つの人格は私と共に下へ……お前らはルーナの干渉は受けないはずだ」

「えぇ、分かりました……それでは参りましょうか、ティア」

「あぁ、了解だアガタ。君はほとんど魔力を使い果たしているだろうから、無茶はしないように」


 自分のあずかり知らないところで、どんどん話が進んでいく。自分だけが、何がなんだか分からない不安の中にいる――きっと何かをしないといけないのに、混乱と不安と焦燥感のせいで上手く頭が回らない。


 だから――。


「あ、あの、私は……私は、どうすれば……?」


 こともあろうか、私は父の仇に手を伸ばし、何をすべきなのか指示を要求してしまった。T3は一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、すぐに汚物でも見るかのような冷酷な光をその瞳に宿し、こちらを見下ろしてきた。


「……そんなことは自分で考えろ。それとも今ここで殺されたいか? ハインラインの器」

「あ、あぁ……」


 酷いことを言われたように思う。仇から殺してやろうかなどと言われるなど、本来なら人生最大の恥と言っても差し支えないはずだ。しかし自らの胸に去来したのは、憤怒でもなく、不快感でもなく――指示をもらえなかったことに対する不安だった。


 そして同時に、やはり自分は男に殺されておくべきだったのだという、先ほどの考えが戻ってきてしまう。今、自分は誰からも必要とされていない――それどころか、危険な人物だと思われている。T3以外の者たちも皆一様に、自分の方に哀れみとも恐れとも言えない表情でこちらを見ていた――ただ一人を除いては。


「T3さん! そんな酷い言い方ってないと思います! エルさんに謝ってください!」


 ただ一人、ナナコだけが、自分の前に立ってT3を諫めてくれた。対するT3は無表情のまま、背の低いナナコをじっと見つめている。


「アラン・スミスを瀕死の重体に追いやったのはそいつだぞ?」

「エルさんは操られてただけです! エルさんは優しい人なんですから……好きでこんなことした訳じゃないに決まってます!!」


 ナナコはまったくの善意から言ってくれたのだろうが、彼女は誤解をしている。もちろん、好き好んでアランを傷つけたわけではない。操られていたというか、身体が勝手に動いていたのは紛れもない事実だが――先ほど高揚していた自分の感情を思い返すと、またどうしようもないほど申し訳ない気持ちになってしまう。


 ナナコの感情的な声に当てられたのか、T3は無表情のまま俯き、とうとう最後には少女から視線をそらしてしまった。どうやらもう男が何も言い返す気が無いのだと悟ったのだろう、ナナコもT3に背を向けた。


「つーん、もういいです! ひどい人なんか知らないんですから! エルさん、私たちとここに一緒に残りましょう?」

「でも、私は……また、あんな風に暴れまわったりしたら……」

「いいんです、大丈夫です! 私が側にいます! 次は絶対に、エルさんに変な手出しはさせないんですから!!」


 ナナコも地面に膝をついて、こちらと同じ目線の高さで手を差し伸べてくれた。その目には、こちらを疑う感情など一切ない。真っすぐで、綺麗な瞳。彼女が勇者の生まれ変わりか何かであるというのも納得できてしまうほど、ひたむきで純粋で、優しい少女。自分など、救われてはいけないのかもしれないとも思いつつ、ナナコのおかげで少し心が軽くなった。


「ふん……好きにしろ」


 それだけ言い残し、T3は自分とナナコの横を通り過ぎて行ってしまった。


「あぁ、ちょっと待ちなさいなT3! エルさん、キチンと後で事情はお話しますから……今はセブンスとソフィアさんとここに居てください」


 気を使ってくれたのか、アガタがこちらを見ながらそれだけ言い残し、ティアもテレサもT3の後を追った。後には、自分とナナコだけがここに残っており――いつの間にかソフィアの姿が見えなくなっていた。


 ソフィアはどこに行ったのだろう、辺りを見回すと少女の姿はすぐに見つかった。その手に宝剣を抱えており――どうやら、先ほどアランに弾き飛ばされたヘカトグラムを探して拾ってきたようだった。


「エルさん。ナナコにアウローラを渡して。宝剣へカトグラムは、私が預かるから」

「そ、ソフィア? でも、へカトグラムもアウローラも、エルさんの大切な物なんじゃ……」

「申し訳ないけど、今は少しでもリスクを下げる行動を取った方が良い。エルさんのことを責めたい訳でもないし、好んでアランさんを傷つけた訳ではないのも分かるけれども……遠隔操作でまた操られてしまうとも限らない今、武神ハインラインの力を抑えるためにも、二対の神剣をエルさんに持たせておくわけにはいかないよ」


 ナナコは困惑するように、こちらとソフィアの間で視線を行ったり来たりさせた。ナナコは気を使ってくれているのだろうが、ソフィアの言うことは全くの正論だ――自分は鞘にしまうのも忘れていた翡翠の刃を拾い上げて鞘に収め、ベルトから外してナナコの方へと差し出した。


「……ナナコ、持っていて」

「エルさん……良いんですか?」

「えぇ……私はもう、あんな恐ろしいことに手を染めたくない……」

「……分かりました。それで、エルさんが納得できるなら」


 ナナコは頷き、神剣の鞘を両手で大事そうに握ってくれたのだった。

次回投稿は4/18(火)を予定しています!

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