7-74:嵐の後で 上
「あぁ……! ごめんなさい、ごめんなさい……!!」
我ならが何に謝っているのか、そもそも謝ってどうこうなる問題でもないのだが――ただ耐えきれずに彼の身体に覆いかぶさり、謝罪を続けるしかなかった。
どうして、どうしてこんなことになってしまったのだろう? 自分の中には、恐ろしい力がある――そうか、古の神々が自分を目の敵にしてきたのはこういうことだったのだ。自分の中には恐ろしい血があって、それを健在させないために彼らは自分を亡き者にしようとしていたのだ。
こんなことになるくらいなら、私はこれより以前に討たれていれば良かったのに。大切な人を手にかけ、全てを壊してしまうくらいなら――古の神々の誰かに殺されておけば、こんな恐ろしいことを引き起こすこともなかったのに。
そして、私の窮地を何度も救ってくれたのは他ならぬ彼であり、結局私を守ってしまったせいで彼自身がやられてしまうだなんて何たる皮肉だ。傷だらけになって守ってくれた彼に対して返したのがこれだなんて――。
もう、どうすればいいのか分からない。謝ればいいのか、泣けばいいのか、はたまたこんなことを引き起こしてしまった自分を諫めるために自刃でもすればいいのか――俯いたまま途方に暮れている内に、ふと下半身になんだか違和感が走った。
「えっ……?」
そう、確かに下半身を叩かれる感触がある。弱弱しいが、何度も――下がっていた頭を上げると、血で真っ赤になった口元を吊り上げて笑い、確かに瞳に光を取り戻したアランの顔があった。
「あ、アナタ……無事で……!」
いや、無事なわけはない。心臓を貫かれているのだ――アランもすぐに苦痛に顔を歪めてしまうが、こちらを叩いていた腕を引いて、自身のベルトについている小型のバッグを叩き出した。
慌ててバッグを開いて中からモノを取り出す。恐らく、クラウが渡していた回復薬があったはず――それらしい瓶を取り出して見せると、彼は弱弱しくも小さく頷いてくれた。
瓶の蓋を開けて、彼の口元から液体を流し込むと、彼の胸から白い煙が上がり始めた。徐々に傷口も徐々に塞がってきているようではあるが、それでも出血が酷く、ふさぎきる前に失血死してしまいそうだ。
「あぁ、どうすれば……」
「……アラン君! エルさん!」
再び思考が混乱の坩堝に落ちそうになった瞬間、背後から聞きなれた声が聞こえた。正確には、同じ声でもこちらの名を呼ぶ調子もいつもと少し違う――振り返り見れば、紅い瞳の少女がこちらへ駆けつけて来ているのが見え、すぐに自分の隣に到着して跪き、倒れている彼の胸に手を当て始めた。
「て、ティア……」
「何やらこっぴどくやられたようだね……アラン君がここまでやられるなんて、恐ろしい敵が居たようだけれど……」
「わた、私が……私がやったの……」
「……え?」
ティアは驚いたように目を見開いてこちらを見ている。だが、自分のしでかしたことを思い出すのもおぞましいし、口に出すのも憚れる内容を話すのにはかなりの勇気が必要だ。同時に、動揺している現状では上手く説明できるかも分からない――そう思っていると、背後からもう一つ別の足音が近づいてきた。
「ティア、今はアランさんの治療に専念してください。私は概ね、ここで起こったことは推察できます……事情は、落ち着いたら話しますから」
「アガタ……分かった」
ティアの右手に淡い光が宿ると同時に、先ほどとは比べ物にならない速度でアランの胸の傷が塞がっていく。完全に傷が見えなくなって少しして、アランはゆっくりと上半身を起こした。
「ごほっ……ティア、ありがとう……」
「どういたしまして、と言いたいところだけど……さて、誰に事情を聞けばいいのかな?」
「すまん、その前に聞かせてくれ……クラウは……?」
アランの質問に対して、ティアは目を瞑って小さく頭を振る。
「あまり良い状態じゃないとは言わざるを得ないね。ただ、まだ解脱症には陥っていない。アガタ曰く、ルーナ神をぶっ飛ばして、レムかレア、ないしヴァルカンがクラウの精神に介入できるようになれば、クラウを元に戻せるんじゃないかと」
「そうか……安心とは言えないが、ひとまずは良かった……」
ティアの言葉を聞いて、アランは安堵の息を漏らした。とはいえ、顔は暗いまま――彼はその表情のままこちらを向いて、自分の方をじっと見つめてきた。何を言われるのか分からず、怖い――そう思ってしまい、自分は俯いてしまう。




