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7-71:漆黒の戦狼 下

『くっ……!?』


 その後は、互いの二剣で打ち合う形になる。速度ではややこちらが勝ってはいるが、力では向こうが上回っている――向こうとしてもこちらの連撃は凌ぎきれないほどの速さではないらしく、むしろこちらはADAMsと変身の両方の時間制限があるので、決定打を与えられない現状では不利とすら言えるだろう。


 何より、厄介なのはこちらの動きに対する適応能力の高さだろう。安易な攻撃は知っている、と言わんばかりに簡単に対処されてしまう。複雑な動きもある程度パターン化しているのか、初見こそは押せはするものの、凄まじい反応速度によって裁かれ、近い動きは二度目は通用しなくなっている。


『……つえぇ!!』


 重力波の影響下にあるのも勿論なのだが、今まで戦ってきた者たちを思い返せば――ゲンブの結界やホークウィンドの技の多さ、T3のADAMsと光を発射する弓、ブラッドベリの衝撃波と再生能力――どれも強力無比ではあるものの、それは超能力という観点から言う強さだ。


 対するエルの強さは――もちろん二対の神剣の力もあるが――単純に戦士としての強さだ。攻撃の鋭さ、勘の良さ、その闘争本能――惑星レムで戦ってきた相手の中で、今のエルが一番強いように感じられる。


 だが、同時にふつふつと胸の内に違和感と、同時に怒りの気持ちが沸いてきた。エルに対してではない――エルを乗っ取る、何者かに対してだ。


(……楽しそうな顔をしやがって!)


 エルはお前のように、戦いを楽しむタイプの人間ではない。峻烈で美しい剣士だが、同時に優しさと温かさを兼ね揃えているのが俺の知っているエルであり――今、彼女の顔に浮かんでいる艶笑えんしょうは、本来の彼女に似つかわしく無いモノだ。


 神経の限界を感じ――同時に変身の限界もだが――短剣同士を打ち合わせたすれ違いざまにそのまま大きく前進し、重力の渦から一旦離脱する。そのまま加速を切って息を整えると、向こうも一度宝剣の力を抑えたのか重力波が収まり――ハインラインは好戦的な笑みを浮かべたまま、左右非対称の瞳でこちらを見つめていた。


「はぁ……はぁ……テメェ、エルの体を勝手に乗っ取ってニヤけてんじゃねぇぞ……」

「何を言っている? 虎と戦うことはハインラインの宿願だ。その証拠に、器の脳内に快楽性の物質が大量分泌がされている……虎を食い殺すという血の定めが、肉の器に悦びを与えてくれているのだ」

「それは、テメェがエルの体を操っているから!」


 エネルギーを蓄え始めて赤黒くなっている指先で黒衣の剣士を指すと、相手は口元に無感情を取り戻し、瞳を閉じてかぶりを振った。


「ヴェアヴォルフエアヴァッフェンにより、シリアルナンバー5BAF4E80……個体名、エリザベート・フォン・ハインラインは身体のコントロールを失っているが、人格は覚醒中だ。この身の歓喜は間違いなくエリザベートの物であり……彼女はこの戦いを見て、感じて、戸惑い……そして悦びを感じている」


 そこまで言って、ハインラインは左腕を下げて右足を前に出し、アシンメトリーの瞳でこちらを見据えてくる。


「始祖リーゼロッテ・ハインラインのアーカイブに依拠した概算によれば、原初の虎はまだ本気を出していない……全力を出させるため、コードKDZを起動……」


 エルを操る何者かは謎の呪文を言って後、左手の短剣に巨大な重力波を収束し始める。その構えは見たことがある。ハインライン辺境伯に代々伝わる奥義、神剣二刀十文字――そのオリジナルと言ったところか。


 それならば、向こうもここで勝負に出たと想定するべきか。どうせこちらも限界だ――皮膚は赤黒く、先ほど放出したエネルギー分の補填は完了してはいないし、確かに硬化した皮膚が剥がれ落ちてしまいそうな感じがする。


 だが、この極限の状態でこそ、燃え上がる何かがある。それは肉体でも拳でもなく、自らの芯にある何かだ。


 しくじったら、ここで俺は死ぬ。同時に、エルを救い出すこともできない――それどころか、優しいコイツのことだ、仲間を殺してしまったという罪の意識に苛まれ、心に深い傷を負ってしまうだろう。


 だからこそ、ここで終われない――覚悟を決め、加速を着けられるようにするために背後へとステップを取って距離を取る。


「俺はテメェを楽しませるために戦ってるわけじゃねぇんだ! 今、お前をこの軛から解き放ってやるぞ、エル!!」

「真・神剣二刀十文字【エアスト・クロイツ・デス・ツヴィリングシュヴァート】!!」


 こちらの言うことなど聞いてもくれず、漆黒の戦狼は左足を踏み込んで、宝剣から重力の渦をこちらに向けて放出してきた。短剣から離れた重力波は一瞬で超巨大になっていき――もはや今から全力で完全には退いても逃れることは出来ないだろう。


 何より、もう退いている時間などない――こちらも奥歯を噛んでバックルのボタンに手を掛けた。 


『待てアラン、バーニングブライトの真に威力を発揮できるほどのエネルギーは溜まっていないし……それこそ技の反動で今度こそ限界が来るぞ!?』

『いいや、それでいいんだ! 俺の勝利条件は、アイツを倒すことじゃない……この戦いを終わらせることなんだからな!』


 そう、これからやろうと思っていることは、最初から最後の手段として用いようと思っていたものだ。なんとか正面から無力化出来れば良し、出来なければ――可能なら使いたくない手段ではあったが、他に手が無いのなら仕方がない。


 何より、最悪のケースを想定してT3とテレサを下がらせたのだ。覚悟を決めてボタンを押して奥歯を噛み、自分は音を置き去りにしながら射出された光の扉をくぐった。

次回投稿は4/11(火)を予定しています!

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