7-66:望まぬ復讐の完遂 下
「適正個体分析……グロリアハンド、使用者テレジア・エンデ・レムリア。殲滅の許可は不明。拒絶反応が見られるため、危険度はC。よって、より危険度の高い暫定アルフレッド・セオメイルの排除を優先……」
「……うわぁああああ!!」
義姉妹の情よりもグロリアの殺意が勝ったのか、エリザベートがこちらへ振り向く前にテレジアの持つ炎の魔剣から再び巨大な炎が打ち出される。対するエリザベートは神剣を突き出して膝をかがめると、そのまま勢いよく跳躍し、打ち出された炎の剣で裂きながら凄まじい速度で義妹のいる上空へと近づいていった。
「えっ……?」
テレジアの顔が驚愕に歪む――それはそうだ、まさか炎を掻い潜って上空にいる自身に対して接近してくる者がいるなど夢にも思わないだろう。重力剣を使って慣性でも制御しているのか、エリザベートはテレジアの目の前で止まると、そのまま下から神剣を思いっきり振り上げた。
テレジアの剣士としての本能なのか、それともグロリアの超能力者としての勘なのか、ともかくアウローラの一撃をファイアブランドで受け止めようと試みたようだ。そのおかげか中空でその身を両断されるのは免れたようだが、力が違いすぎるのだろう、炎の魔剣は弾かれて、紅く燃える刀身は夜の闇の中へと消えていった。
そして、エリザベートは神剣を上へと投げ、空いた腕で弾かれた衝撃で固まっているテレジアの腕を掴んで空中で半回転し、そのまま義妹の身体をこちらへ目掛けて放り投げてきた。
「ちっ……!!」
故郷を焼いた相手だ、別段救う義理もないのだが、グロリアを失うことはホークウィンドが望まないだろう――急速に近づいてくる亜麻色の髪の少女の身体を受け止めるため、奥歯を噛んで落下点へと移動を始める。
そしてテレジアを受け止める上空を見ると――投げていた神剣を掴み、重力波を放ってくるエリザベートの姿が目に映る。自分に義妹の身体をキャッチさせ、そのまま一網打尽にする算段か。
とはいえ、重力波が到達するのとテレジアの身体が落ちてくるまでには若干のラグがある。音の消えた世界で女の体を受け止め――その衝撃で、先ほどダメージを負っていた左腕が折れ曲がってしまうが――ともかくすぐにその場を離れ、少しでも重力波から遠ざかる。
だが、上空から発された一撃から完全に逃れることは出来なかった。重力の渦に呑まれて動けなくなってしまうどころか、立っている事もできずに膝から前に崩れ落ちてしまう。
「がぁあああああああ!!」
打ち付けてくる重力の渦に苛まれ、思わず口から呻き声が漏れてしまった。恐らく、腕の中にいるテレジアも叫んでいるのだが、重力波の影響か彼女の声は聞こえない――なんとか掌を地面につけ、テレジアの身体を潰さないように持ちこたえる。
このまま重力に押しつぶされるかと思ったが、次第に重力の渦は収まり、世界に音が戻ってくる。そして、すぐ背後に何者かが着地した音がする――振り返るまでもない、エリザベート・フォン・ハインラインが翡翠色の刀身を掲げてこちらを見下ろしているのだろう。
「グロリアハンドの破壊許可は出ていないため、出力は抑えたが、テレジア・エンデ・レムリアの殺害は問題ない……アルフレッド・セオメイルと同時に排除する」
ADAMsを起動すれば、自分だけは攻撃を避けることは出来るだろうが、そうすれば振り下ろされた刃は自分の下で苦し気に目を閉じているテレジア・エンデ・レムリアを切り裂くだろう。抱えて逃げられればいいのだが、すでに左腕が使い物になりそうにない――右手だってガタガタで、人一人を抱えて逃げるのは厳しそうだ。
いや、何を迷う必要がある。自分は復讐のために手段など選んでいられないのだ。しかし奥歯を噛もうとして瞬間、脳裏に彼女――遠い昔、暖かな陽光を吸うブラウンの髪を振って、こちらに向かって微笑むナナセの姿が――何者の犠牲も望まず、世界の平和を祈った彼女のことが――。
(……クソ、今更になって思い出すとは!)
彼女のための復讐なのに、彼女のことを思い出さないようにしていた。思い出せば、きっと彼女の優しさを思い出し、復讐の刃が鈍るから――だが、思い出してしまったが故に動けなくなってしまった。自分が逃げれば、確実に一つの――いいや、二つの少女の魂が失われてしまうから。
「……除去」
背後から響く無感情で無慈悲な声、どこから聞こえる轟音、そして金属同士が打ち合う音が鳴り響く。自分の背中が切られた音ではない――これは――。
「……ボロボロじゃねぇか、ざまぁねぇなT3」
男の声に反応するため、上半身を起こして背後を振り向く。すると、黒い皮膚に身体を覆った男が、二対の短剣で神剣の一撃をすれすれという感じで受け止めているのが見えた。
「……そういう貴様こそ、押し負けそうではないか」
「こ、これはだな……エルの奴が、何故だか超怪力で……! ともかく、これで貸し借り無しだぞ……っと!」
成程、先ほど場を離脱する口実を作ってやったことを借りと判断していたのか――律儀な奴だ。ともかく、アラン・スミスが掛け声とともに神剣を押し込むと、エリザベートも一度状況を整理するためなのか後ろへと下がった。
「ADAMsの使用者、声帯認証……リーゼロッテ・ハインラインの記憶に一致……この声は……!」
「嘘……この声、忘れるわけがない……この声は……!」
自分の前後からそれぞれ女の声が聞こえる。どちらも最初は驚いているという調子だったが、段々と語尾が上がっていく――先ほどまで無感情だった黒衣の剣士の瞳に輝きが宿り、喚起のあまりなのか口角が上がっているだ。
「原初の虎!」
「アラン・スミス!」
「……おう?」
名前を呼ばれた虎は、なんだか素っ頓狂な声を上げて前後を交互に見つめていた。
次回投稿は4/4(火)を予定しています!




