7-65:望まぬ復讐の完遂 中
四度目の加速が切れる瞬間に意を決し、振り返って突進してくる大怪球に向けて再び弓を構える。弓柄に備えられている機構を操作すると、弓の射出口の形が代わり――加速が切れた瞬間に光の矢を引いて打ち出すと、拡散する光刃が重力に引かれてその中央へと走っていく。
拡散させた矢は一撃の威力は落ちるものの――第四階層の魔術並みには威力があるが――敵の動きをかく乱するのには適している。ハインラインの器も拡散する攻撃に対処するためか、重力波の形を柱のように変えて光を屈折させているようだった。
(そんな滅茶苦茶なことをしてくるのか。だが……!!)
光を屈折させるために重力波を拡散させたことで、細くはあるが道は出来た。ADAMsを起動し、重力の影響力の少ない場所を突き進み、剥き出しになったエリザベート・フォン・ハインラインを目掛けて、乱反射する光と闇の柱の間を駆けだした。
やはり、ADAMsを使用していればこちらの方が早い――向こうは加速した時の中で、こちらが近づいてくる所までは察知できたようだが、まだこちらを睨んでいるだけで身体の方はついて来ていないように見える。
(取った……!?)
こちらが振り下ろしたヒートホークが、いつの間にか前面に押し出されていた宝剣によって受け止められており――宝石が闇夜に煌めくと、拡散していた重力波が一気に中央、つまり宝剣の主たるハインラインの器の周りに一気に収束してくる。
その圧力は以前に王都で受けたモノとは比較にならないものだった。以前なら速度を幾分か落とすだけで動くことは可能だったのだが、この重力の中では動くことは不可能――というより、この身が改造を受けていなければ、既に肉体は潰れているほどだろう。
(どういうことだ……!? まさか、コイツは……ルドルフよりも格段に強いということか!?)
考えられる可能性はそれしかない。自分が知る範囲でのヴェアヴォルフエアヴァッフェンによる強化なら、今ので倒せているはずだった――要するに、ハインラインの器としての才覚が、ルドルフよりもエリザベート・フォン・ハインラインの方が高いということになるのか。
重力により地面に叩きつけられ、這う這うの体で上を見上げると、闇夜よりもなお深い漆黒の渦の中、金色の瞳がこちらを睨み、緑色に光る刀身を振り上げていた。
なんとか懐に忍ばせていたゲンブの結界付の札を取り出し、それを寸での所で振り下ろされる刀身に向けて突き出す。一枚だけの奥の手だが、七星結界が仕込まれているのだ、流石の神剣の一撃と言えども一振りで貫通してくることは無いだろう――実際に振り下ろされたアウローラは結界に弾かれたが、エリザベート・フォン・ハインラインは表情一つ変えることなく、乱雑に結界の上から剣を何度も振り下ろしてくる。
(くっ……滅茶苦茶な奴め!)
一撃ごとに結界は割れていき、最後の一枚になった瞬間、腕を更に突き出して相手の剣を大きく弾く。そのまますぐに身体を起こして至近距離で弓をつがえようとするが、それよりも早く体制を立て直したエリザベートがこちらの肩に向けて蹴りを繰り出してきた。
その一撃がまた重く、相手は生身のはずなのに、金属製の左肩がへじゃげて曲がり――狙いはズレるが精霊弓の矢を拡散させれば、こちらの勝ちだ――構わず右手で弓を引こうとするが、重力波を解かれたせいで自分の体を地面に縛り付ける力が弱くなり、結果として自分の体が吹き飛ばされてしまう。
(まずい……!!)
蹴り飛ばされたせいで地面に足がつかなくなり、ADAMsによる挙動の制御が出来なくなってしまう。飛ばされているうちに光波が来たら終わりだ――いや、まだ諦めるわけにはいかない。
改めて奥歯を噛んで、加速装置を起動する。移動こそは出来ずとも、高速戦闘において考える時間は欲しい。エリザベートの方を見ると案の定、神剣を上段に構えてこちらを向いている。
(アイツなら……!)
この絶望的な状況でも諦めはしないはずだ。ほとんど条件反射で精霊弓の出力を上げ、思い切って横の虚空に向かって放つ。高出力のうえ、地に足を付けずに撃ったおかげでかなりの反動があり、おかげで空中で軸を僅かにずらすことに成功する。真横を翡翠色の剣閃が走っていき、生きた心地はしないが――ともかく相手の一撃を避けることには成功した。
光波の二発目が来る前に膝を着く形で着地し、改めて姿勢を直して状況を把握する。左腕は何とか動くものの、先ほどの蹴りによる損傷が激しく、もはや正確な狙いは付けられそうにない。また、ヒートホークを一本落としてきてしまった――手斧ほど気軽な武器ではないので、スペアはあと一本、そのうえ狼の戦闘力を考えれば、状況はかなり悪いと言えるだろう。
そして視線を上げると、エリザベート・フォン・ハインラインが左腕を掲げ、その先端で巨大な重力の渦を掲げているのが見えた。周囲の瓦礫や空気がその渦に呑み込まれ、徐々にこちらの身体も吸い寄せられる――こちらは満身創痍に近いというのに、相手は余裕綽綽という雰囲気だ。
このままいけば、身体の主であるエリザベート・フォン・ハインラインの仇討は完遂される形になるだろう。それは、きっと本人が望んだ形ではないだろうが――。
(まだ終われん……!)
相手の支配から逃れようと奥歯を噛もうとした瞬間、エリザベートは何かを察知したように振り向いた。すると器の背後の上空から炎の渦が飛来してきているのが見えた。このままではこちらも巻き込まれる――自分は左、ハインラインは右に跳び、互いが照射された炎で分断される形になる。
「ハインライン、覚悟!!」
炎が晴れた後、上空から荒れ地に向かって声が響いた。声の主はテレジア・エンデ・レムリアで、器を目の敵にしているところから察するに言葉を発したのはグロリアと言ったところか。
しかし、グロリアの攻撃の手は最初の一撃以降は止んでしまった。見れば、ハインラインの器を見て、グロリアは左手で頭を抑えているようだった。
「……ハインライン、お義姉さま……? あぁ……!!」
どうやら、テレジア・エンデ・レムリアの意識が、義姉と戦うのを拒絶しているようだ。何にしても、今がチャンスか――精霊弓を引き光の矢を射る――しかしこちらの気配は読んでいたのだろう、エリザベートは振り返り、神剣で精霊級の一撃を一刀に臥し、すぐにまた上空で頭を振っているテレジアの方を仰ぎ見た。




