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7-64:望まぬ復讐の完遂 上

 セブンス達から距離を取って、ハインラインの器を誘い出すことには成功した。戦闘の余波、というより宝剣へカトグラムの重力波に少女たちを巻き込まないようにするには移動せざるを得なかった、が正しいのだが。


 距離を離すだけなら音速で動けるこちらの方が有利だ。同時に、こちらには精霊弓があるので、相手の射程外から攻撃が可能でもある。相手が戦狼の目覚め【ヴェアヴォルフエアヴァッフェン】を使用していると言っても、不利な戦いにはならないはずだ。


 戦狼の目覚めについては、ルドルフ・フォン・ハインラインが三百年前に使っているのを見たことがある。その力は凄まじく、戦狼の目覚めを起動したルドルフは、剣の腕は歴代勇者の中でも随一と言われた夢野七瀬に並ぶか、それ以上の強さがあった――剣の達人である辺境伯の身体能力が何倍にもなっているのに等しく、一撃の強さではナナセが、スピードや継戦能力ではルドルフが勝っていたというべきか。


 エリザベート・フォン・ハインラインが戦狼の目覚めでどの程度強化されるかは不透明だが、剣の腕自体はルドルフに並ぶかやや下程度であることを想定すれば、今の自分で対処できないレベルではないはずだ。


 とはいえ、虎を倒すために生み出された二対の神剣まで揃っているのだから油断はできない――まずは距離を取って相手の力量を確認してみるべきか。接近すれば宝剣の生み出す重力波に速度を奪われるのは免れないので、相手の力量が分からない状態での接近戦は危険を伴う可能性があるからだ。


 ともかく、加速中ならば追いつかれることは無いはず。そう思いながらけん制のために振り返り、向かってきている黒い球体に――重力波を身にまとったエリザベート・フォン・ハインラインに狙いを定める。


(……想像以上のスピード!?)


 追いつかれてこそいないものの、想定していたよりも距離を離せていないことに気づく。ルドルフならば、ここまでのスピードは出ていなかったように思う。というより、まず音速で動いているこちらを補足できていること自体が異常だ。


 ひとまず相手の足を少しでも遅らせるために精霊弓を放つ。光は重力に引かれて黒い球体に誘いこまれるが、その中で微かに翡翠色の剣戟が閃き――神剣アウローラで切り落としたというのか――相手は速度を落とすことなくこちらへ向かってきている。


 このままでは、追いつかれる――そんな予感が脳裏をよぎる。こちらには加速が切れる瞬間があり、そこで一気に詰められる。それを想定すれば、ADAMsが機能しているうちに少しでも距離を稼がなければならない。


(何故私は逃げているのだ……!)


 そう自問自答しながらも、もはや背後を振り向かずに走り続ける。仇敵の器から逃れるなど、情けないことこの上ない――だが、激情に任せて不用意な行動に出れば一瞬でやられる、そんな嫌な予感がする。今は少しでも距離を取り、活路を見出すべき――そう自分に言い聞かせながら足を進め続ける。


 相手の気配が離れ、神経に限界が来る前に振り向き、岩壁に向けて精霊弓を放つ。加速が切れると同時に矢が岩へと直撃し、衝撃で斜面の崩落が起きる――少しでも時間稼ぎをするつもりだったが、それは何の役にも立たなかった。こちらが再加速をする瞬間、岩に緑色の光る亀裂が走り、すぐさま一刀両断されたからだ。


 岩を両断した光波がこちらへ跳んでくる――相手の方を向いたまま横へ跳躍すると、自分が元々立っていた場所に寸分の狂いもなく翡翠色の剣戟が走った。そして崩落した巨大な岩の隙間から、黒い球体が速度を落とすことなくこちらへ向かってきているのを確認し、こちらも移動すべく踵を返した。


 再び距離を離そうと努めるが、相手は単純に追ってくるのではなく、神剣による遠距離攻撃が合わさってきた。その気になれば精霊弓で光波自体は相打てるが、背後を向けばそれだけ距離を詰められてしまう。そのため、相手にこちらの軌道を読まれないように移動をするが、徐々に剣戟の制度が増してきている――このままいけば、そのうち狩られてしまうだろう。


(アンドロイドの自動学習能力か……)


 第五世代型アンドロイドは自動学習能力を備えており、状況改善のために行動を最適化していく修正がある――エリザベート・フォン・ハインライン自身は第五世代ではないが、彼女の体内にある生体チップは七柱の管理するデータベースに直結しているので、同様の学習をしているのだろう。


 同時に、だからこそ原初の虎――アラン・スミスという存在の特異性がより際立つ。旧世界において幾百幾千もの第五世代型を相手にし、それらを上回ってきたということは、アンドロイドの自動学習に読まれないように行動していたということに他ならないからだ。


 実際、二度アラン・スミスと手合わせをしてみた感じでは、奴の動きは確かに読めない――アレはゲンブのように頭を使って相手を追い詰めているというよりは、ある種の野生の本能、というより異常に優れた闘争本能がもたらす動きなのだろう。


 もし単純に生存本能に従えば、行動はパターン化されていく。そのようなアルゴリズムは乱数はあるものの閾値しきいちを超えることはなく、統計の中で対策されていく――それではアンドロイドの学習能力の予測を超えることはできない。原初の虎はアンドロイドの学習を、優れた闘争本能で上回り続けていたのだ。


(……奴ならこの状況をどう突破する?)


 そう、今自分に必要なのは原初の虎の持つ特有の爆発力だ。閾値など全く無視した乱数だらけの最適行動オプティマイゼイション――理論的には矛盾しているようだが、言ってしまえば誰も予測しえない最適解を、パターン化せずに引き当てること、それがハインラインの器を破るために必要な行動に他ならない。


 考えろ、いや考えるな――ヤツは戦いに際し、理屈など考えてなどいない。ただ敵を屠るべく、その闘争本能を剝き出しにし、最短距離を突き抜けていくだけだ。


 どの道、鬼ごっこはそろそろ終える必要がある。相手が徐々に重力波の範囲を広げており、次に加速を切った時にはあの全てを吸い込む闇に取り込まれるだろう――エリザベート・フォン・ハインラインの周りを包む重力波は擬似的なブラックホールの様相を挺しており、辺りの岩肌を抉りながらこちらへと進撃してきているのだ。

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