7-61:戦狼の目覚め 上
クラウが崖下に去って後、場には自分とエル、ソフィアとイスラーフィールが残っていることになる――エルは様子の急変したクラウに呆気に取られていたが、すぐに警戒を戻してイスラーフィールと対峙している。
「アナタ、クラウに何をしたの!?」
「別に……ルーナ様の信徒を、あるべき姿に返しただけ……迷いもなくなって、むしろ今頃すっきりしていると思います」
剣幕を見せるエルに対して、イスラーフィールは飄々とした様子だ。
「さて、次は、どちらに……」
「……いや!!」
イスラーフィールが物色するようにエルとソフィアを見比べていると、ソフィアの方から悲鳴が上がった。
「……ソフィア、下がって!」
そう言いながら、杖を握って怯えた様子でいるソフィアの前に自分が出る。もっと大きな魔獣を相手にしても一切怯まないソフィアが警戒しているのは、目の前にいるローブの少女を警戒しているというより、もっとおぞましい何かを察知しているように思われた。
また、崖下から何かが急接近してくる気配を感じる――速度的に尋常ではない何者かだ。少し動いてイスラーフィールと崖下からの襲撃者が同時に視界に入るように移動する。崖下から何者かが飛び出てきて着地する――現れた長い銀髪のエルフは、こちらを見て安堵の表情を見せた。
「セブンス……!」
「えぇっと、アナタは……」
自分のことをセブンスと呼ぶとエルフなると、彼が古の神々に味方をしているT3か。はっきりと覚えているわけではないが、確かに彼からは懐かしい感じがする――そう思っている傍らで、自分と同じくイスラーフィールが銀髪のエルフの方を凝視しながら頷いた。
「アルフレッド・セオメイル……それならば、優先すべきは戦狼の目覚めですね」
イスラーフィールはエルの方へと向けて手を伸ばした。クラウがおかしくなった時と同じような雰囲気、いけない――そう思って割り込もうと努めるが、如何せんソフィアを護るために距離を取ってしまっていたので、ここからでは間に合いそうにない。
「エルさん! アイツの手を見ちゃダメ!」
背後からソフィアが叫ぶが、エルは金縛りにあったように身動きが取れなくなっている――何とかソフィアの言葉に従おうと、視線だけでも逸らそうとしている。しかし、その努力もむなしく、イスラーフィールはエルの顔の正面近くにまで掌を伸ばしている。
その時、突然に聞こえる轟音――イスラーフィールはエルの方へと突き出していた右腕を身体の側面へと向けたと思った瞬間、その手の先から人一人を容易に呑み込む光線が突き進んできた。
しかしその光線も、イスラーフィールの突き出した手の先から展開されるバリアのようなもので止められていた。
「危ないですね……仲間ごと吹き飛ばすおつもりですか? でも、そうか、アナタにとってはハインラインも倒すべき宿敵でしたか」
イスラーフィールが横目で見るその先には、瞬間移動としか思えない速度で移動した銀髪のエルフが、弓を構えながら眼を見開いていた。
「何っ……!?」
「……私たちはアナタのようなイレギュラーの出現に備えて生み出された存在……特に私は僚機であり最強の矛であるジブリールを護るための最強の盾。携行型波動砲程度の威力では、私の盾は破られはしない」
「くっ……ならば!!」
再び轟音が響いた直後、今度はイスラーフィールの左手側に銀髪のエルフが現れ、斧を振り降ろしている――しかし、その刀身はいつの間にか差し出されていたイスラーフィールの左手から展開される光の膜によって阻まれていた。
「……ADAMsに対抗できるだけの演算機能と速度を備えているのは当たり前のこと。もちろん、こんなこともできる」
イスラーフィールは左手で握り拳を作り、すぐに開くと、バリアが弾けてエルフの身体が上空へと吹き飛ばされてしまった。先ほどまで瞬間移動をしていたのに、中空に押し出された男は空中では身動きを取れないようで、忌々し気に眼下を見下ろしている。
「さて、それではエリザベート・フォン・ハインライン……ハインラインの器よ」
「くっ、うぅ……!!」
「管理者ルーナのもとに、イスラーフィールが代行す……汝、解放の呪文を唱え、内なる力をせよ」
「解放の、呪文…………コード、戦狼の目覚め【ヴェアヴォルフエアヴァッフェン】……!」
エルはイスラーフィールから逃れるように身をよじらせていたが、最終的には彼女の命令の通りに何か呪文のようなようなモノを呟き――糸の切れた人形のようにがっくりとうなだれてしまった。それと同時に、吹き飛ばされていたエルフが着地すると、また爆発音が辺りに響き渡り――直後、刃と刃の打ち合う音がした。
音の方を見ると、燃え上がるように橙色に輝く刃と、翡翠色の刀身が闇夜に浮かび上がっている――片やエルフが振り下ろした手斧であり、もう片方はイスラーフィールを護るように立つ、エルの神剣アウローラだった。




