7-60:最後の世代と熾天使 下
「ぬん!」
「甘いちゃんがぁ!!」
ホークウィンドの手刀を、ジブリールは銃を交差させて受け止める。そのまま引き金が引かれると、忍の左右と背後に接近していた翼が熱線を反射させ――事態を察して何とか身をよじったものの、光線はホークウィンドの脇腹を抉った。
「ぬぐっ……!?」
「はは、言ったでしょう!? アタシは成長するんだって……アンタの奇怪な動きにだって、瞬時に対応できるようになるんだか……ら!」
ジブリールは足を上げ、そのまま前面へと突き出す――その瘦身からは考えられないほどの力が働いたのだろう、ホークウィンドの巨体は凄まじい勢いで吹き飛ばされ、後方の崖に叩きつけられた。
「さあ、トドメをくれてやるわよ! 月の光よ、アタシの力になれ!!」
少女の背に六枚の翼が戻るのと、ジブリールの腕が変形していく――どこからその質量が来たのか不明だが、腕がそのまま巨大な銃身になるのと同時に、月から一筋の光が流れ落ちてくる――アレは恐らく、マルドゥークゲイザーに近い機構だ。恐らくだが、この場を焦土にした先ほどの一撃は、あの銃身から発射されたに違いない。
「ホークウィンド!!」
事態を察するのと同時に、人形の手を伸ばして抉れた岩壁で血を吐いている黒装束に回復魔法をかける――対して、月からの光を浴びて輝く六枚の翼を背に、ジブリールは岩肌の方へと腕を伸ばした。
「エネルギー充電完了……消し炭になれ、最後の世代! 超ド級荷電粒子砲【セレスティアルバスター】、発射!!」
咆哮と共に、銃身から鮮烈な細い光の筋が走り出す。その筋を中心に熱線は巨大化し、轟音を響かせながら辺りに強烈な閃光をふりまく――幸い射線がこちらに無かったのでこちらは無事だが、やはりその威力はすさまじく、銃口の先にあった丘が一つ、この世から丸々消滅してしまったようだった。
銃口から立ち昇る煙を、ジブリールは銃身を払って消すと、再び腕が変形して元の細腕へと戻った。
「あはは! アタシに逆らうからこうなるの……ちっ!?」
高笑いしていたジブリールの顔から余裕が消え、翼の一枚を自身の身体を護るように射出した。直後、翼の前に無数の火花が散る――どうやら、回復して離脱してたホークウィンドが上から手裏剣を投擲していたようだった。
「貴様がトドメを指したと勘違いしていたのは分身だ」
「はぁ!? 嘘でしょう!? ウザイしぶといウザイ! 虫けらのくせに!! でも、無駄な抵抗よぉ!!」
ジブリールが癇癪を起こしたような怒声を上げると、再び両者の間で火花が散りだした。しかし、あまり状況は良くない――ホークウィンド自身の洞察力や適応力が高いのは勿論なのだが、やはり基礎力の差を埋めがたいのか、はたまた成長するアンドロイドと言うのは伊達ではないのか、変わらずジブリールの方が優勢に見える。
何より、やはりホークウィンドの身体の方にガタが来ている――人格の投射先が魔将軍というのはこの世界の中では優良な素体だが、それでもホークウィンド自身の遺伝子情報を持っているわけではない。人格と肉体の適合率はそこまで高くないし、無理に酷使している身体ゆえに、激しい戦闘を繰り返してきたことでほころびが生じ始めているのだ。
このままでは、彼の敗北は免れない。とはいえ、T3とアラン・スミスは離脱してしまった現状では――もちろん、向こうにもジブリール並みの第五世代がいることを想定すればあちら側が過剰戦力という訳ではないのだが――こちら側で高い戦闘力を有しているのはホークウィンドしかいない。
ともなれば、なんとか彼に持ちこたえてもらうしかないか――そう思っていると、浮遊している自分の隣にファラ・アシモフが並んだ。
「チェン、アズラエルを出しましょう」
「ピークォド号の位置が知られてはしまいますが……止むをえませんか」
前回の戦闘を見るに、アズラエルの能力はジブリールには及ばないだろう。しかし同じ熾天使級が参加すれば、ホークウィンドと同時に攻めれば勝ち筋も見えるかもしれないし、最悪の場合でも相打ちか撤退にまで持ち込めるかもしれない。
そうと決まれば、善は急げだ。人形の指先からホロスクリーンを出し、離れた場所で待機しているピークォド号の管制室に連絡を入れることにする。
「シモン、ハッチを開けてください。アズラエルに出てもらいます」
「あ、あぁ、了解だ……クソ、まさかこんなことに巻き込まれるなんてな……」
シモンは悪態をつきながらも素早い手つきでコンソールの操作している。だが、ふとこちらか視線を逸らして――彼の視線の先にはハッチのビデオモニターがあるはずだ――驚いたように眼を見開いた。
「お、おいテレサさん!? あんた何をしてるんだ!?」
どうやら、アズラエルよりも先にグロリアを内に秘めるテレジア・エンデ・レムリアが外に出てしまったようだ。一瞬だけ戻らせた方が良いかとも思ったが、こちらの指示を待っているシモンに対して首を振って応えることにする。
「シモン、止めずにおきましょう」
「い、いいのか?」
「えぇ……凶鳥が居たほうが、我々に有利に働くかもしれません」
「本当かよ……アンタ結構頭を使ってるようで、いい加減な所があるからな……」
「失礼な。不確定分子の存在を適度に認めている、と言って欲しいですね」
実際の所は計算や計略が狂うのは好まないが、今この場に必要なのは緻密な計算よりも持てる駒を総動員させて活路を見出すところだろう――そう思いながら星空を見上げると、我らが船から燃え盛る一条の焔が闇夜を割いて飛んでいくのが見えたのだった。
次回投稿は3/28(火)を予定しています!




