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7-58:蒼紫激突 下

 しかし、何故この子がこれほどまでに苦しまなければならないのか。苦しい生い立ちの中で信仰を強要され、解離性人格障害を起こすほどに追い詰められ、それでもめげずに女神を信じ続け――それに対する仕打ちがこれか。


 いっそ、私の事など本気で恨んでくれればいい。それで貴女の気が晴れるのなら、どれだけ簡単なことでしょう。貴女は優しいから、邪悪な女神に意識を苛まれてなお、私や彼のことを疑いきることが出来ていない――それは、なんて哀しいことなのかしら。


 アナタには、世界を恨む権利がある。ジャンヌ・アウィケンナ・ネストリウス同様に、大いに歪んでしまえばいいのに。それでも優しいアナタは、いつだって自分のためでなく、誰かのために頑張っている――修道院のために戦いに身を投じ、彼のためにこんな世界の果てまで着いてきて――。


(……でも、私はそんな優しいアナタが……アナタのことを……!)

「なんで……なんで泣いてるんですか?」


 自らが突き出した拳は空を切り、思いのほかクラウの声が遠くから聞こえた。いつの間にか、視線が下がっていたらしい、改めて声のしたほうへと顔を上げると、言われたように視界がにじんでいることに今更ながらに気付き――クラウも肩で息を切りながら俯いているようだった。


「……アナタが、あまりにも憐れだから……ですよ」

「……まないでよ」

「えっ?」

「私を憐れまないでよ!!」


 叫びながら突貫してきた少女の頬に、月明かりにきらめく水滴が走る。憐れまれたことに対する怒りなのか――その割に、動きは鈍くなってきている。彼女の中に迷いがあるのか、それとも精神力が切れてきているのか――恐らくはその両方だ。


「私は! 私はやっとアナタと同じ所までたどり着いたんです!! 自分の信じる神の声が聞こえて……魔法だって取り戻して! やっとアナタと肩を並べられたんです! 」 


 その言葉にハッとする。自分は、クラウを守らないといけないと思っていた――この世界の歪みを知っており、女神ルーナの正体を知っている自分が、優しいこの子を守らなければならないと思っていたのだ。


 しかし、やはりそれは自分の傲慢だったのだろう。クラウは分からないなりに自分の道を探して、自分の横に並ぼうとしてくれていたのだ。


「友だちだと思ってた……うぅん、今だってそう思いたいです。口を開けば憎まれ口ばっかりでしたけど……いつだって……そう、いつだってアナタは、私のために何かをしてくれる人でした!

 海と月の塔で右も左も分からない私に声をかけてくれて……田舎者って笑われる私のために怒ってくれて! アナタは、私にとって、一番の友達でした!」

(あぁ、本当に、アナタという子は……)


 こんな自分をそんな風に思ってくれていたなんて――異端にかけた私のことを、心の奥底では大切に思ってくれていたなんて。


 ならばこそ、やはりこの子を救い出さなければ――いいや、なんとか救い出したい。クラウの攻撃に切れが無くなってきている。それを彼女も自覚しているのか、クラウがこちらの結界に合わせて斥力を発生させて後ろへと退いたため、再び離れることになる。


(なんだかんだ、限界が近いのはこちらも同じ。だけど……)


 クラウは既に満身創痍という感じで、呼吸も荒く今にも倒れそうだ――今なら目的を達することが出来るだろう。


「ティア、聞こえていまして? 私が今から、クラウを抑えます……その隙に、アナタが身体の主導権を握ってください」

「……アガタさん?」

「クラウ……いいえ、クラウディア。私はもう自分の心を偽りません……海と月の塔で孤立していた私と一緒にいてくれたアナタは……私の大切な友だちです」


 友に対して暴力を振るうのが正解かどうか分からないけれど――今アナタの心を守るには、果断な決断をしなければならないから。最後の力をふり絞って地面を蹴って前に出る――クラウも呼吸を整えて迎撃の姿勢を取っている。


(……認めるわ、クラウディア。アナタの方が爆発力は上……でも……!)


「粘り強さでは私が上よ!」


 自分を奮い立たせるために大きく声を上げ、少女が拳を突き出す直前に踏み込んだ足元で陣を発動し、中空へと跳ぶ――クラウも予想できていなかったのだろう、眼下で拳を空ぶって姿勢を崩している――そのまま相手の背後へと着地し、背後から首の付け根に手刀を降ろす。


 クラウは小さく呻き声をあげると、そのまま膝から崩れ落ちて倒れた。回復魔法をかけたほうが良いか、しかしも精神力を絞り切ったので、簡単な魔法しかかけられないが――手をかざして魔法をかけようとする前に、クラウは上半身を起こして首根っこをさすり始めた。


「……やれやれ、乱暴な起こし方だ」


 少女の右手から淡い光が発され――どうやら、自分で回復魔法をかけたらしい。そしてそのまま緑の髪を振りながらこちらへ向き直ると、そこには強く輝く紅い瞳があった。


「はぁ……はぁ……ごめんなさい、これしか思い浮かばなくて……」

「いや、良いんだ……見てたところ、君もクラウを守るために頑張ってくれていたみたいだ。ともかく、君の言う通り、クラウにはしばらく眠ってもらうことにするよ……事情は完全には把握できてないが、とりあえずルーナ神は碌な神じゃないってことは間違いない……でいいのかな?」

「えぇ……そういうことですわ……ふぅ……」


 精神力を使い果たし、気が抜けて思わずその場にへたり込んでしまう。そして、今しがた起きてしまったことが自分の中で反芻され――再び視界が涙でにじんでしまう。


「……アガタ?」

「ごめんなさい、クラウ……!!」

 

 貴女に、苦しい思いをさせて。でも、必ず貴女を深い闇の底から救い出して見せるから――そしてきっと同じ覚悟を決めてくれたのだろう、真紅の瞳の彼女は、自分の頬を伝う涙をそっとすくいあげてくれたのだった。

次回投稿は3/25(土)を予定しています!

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