7-57:蒼紫激突 中
「どうしたんですか? 私には負けないんじゃなかったんですか? まさか、油断したとか言い訳しませんよね?」
着地したクラウは、ステップを踏みながらこちらを見下ろしている――先ほどこちらが挑発した事に対する意趣返しと言ったところか。内臓の修復は済んだものの、自分にはアラン・スミスのような再生能力は無いので、まだ痛みは残っているが――口から噴き出してしまっていた血を手の甲で拭いながら立ち上がり、後ろ髪をかき上げながら姿勢を戻す。
「えぇ……言い訳はしません。そして同時に、前言の撤回もしませんよ……勝つのは私なのだから」
「その減らず口、きけなくさせてあげます!!」
そして再びクラウが突進してきて戦いが再開される。こちらはメイスを落としてしまっているので、互いに徒手空拳での戦闘になる。やはり目算通り、自分とクラウの戦闘力自体は五分の五分、互いに一進一退の攻防が繰り広げられるが――。
(……先ほどのような油断はしない!)
そう、自分は忘れていたのだ。クラウディア・アリギエーリの爆発力を。彼女は素晴らしい素質を持っている。天才、という言葉こそ似つかわしく無いモノの、確かな努力による基盤と、時おり見せる一瞬の閃き、それは自分には無い才覚だ。
以前、レムが言っていた――ティアという魂が持つ力は、本来はクラウが持っているものだと。クラウが迷いなく力を発揮した場合は、ティアと同じだけの力を有すると――要するに、一歩引いた眼で見ればクラウもティアも変わらない、クラウディア・アリギエーリという一人の人間がいるだけなのだと。
そう考えれば、今の状況は芳しくないかもしれない。同じ技量、同じ魔法、そうなれば最後に差を分けるのは、それ以外の部分――つまり、彼女の持つような閃きや爆発力になるかもしれないのだ。
「鈍いです!」
「くっ……!?」
ふと、予想以上に鋭い突きが繰り出される。なんとか右腕を使っていなしたものの、そのまま結界を仕込んだ蹴りがクラウから繰り出される。すぐに左手でこちらも陣を出し、再び斥力により互いの身体が吹き飛ばされて仕切り直しの形になった。
「考え事をしているなんて余裕ですね……それとも、私なんかに本気を出すまでもないということですか?」
「いいえ、本気ですわ……このアガタ・ペトラルカと主席の座を争った相手を、甘く見たりするものですか」
こちらの言葉に、クラウは「ぬぐっ」と小さく呻き声をあげた。恐らく、憎まれ口の一つでも叩かれると予測していたせいで気が抜けてしまったのかもしれない――いけない、彼女の予測通りにイヤな奴を演じなければ。
「なんで私を異端にかけたんですか!?」
クラウはそう叫びながらこちらへ突き進んできた。
「答える必要はありませんわ!」
「最初から、裏切るつもりでいたんですか!?」
拳に言葉を乗せながら、クラウはこちらに食って掛かってくる。こちらもお返しに、相手の攻撃をいなしながら言葉を返すことにする。
「そう思っていただいて構いません!」
「……それならなんで、修道院のこと、助けてくれたんですか!?」
「それは……!」
アナタが困っているのを見過ごせなかったから――異端にかけてしまったことの、少しでも罪滅ぼしになればいいと思ったから。しかし、そんなことは言えない。彼女を動揺させかねない――どう答えればいいだろうか、タダの気まぐれだとか返せばいいだろうか?
相手の言い分に気を取られてしまったせいで回避行動が遅れ、振り下ろされたクラウの踵をよけきることが出来ず――しかし、ちょうど偽装のためにつけていたサークレットに当たってくれ、それが割れている間に距離を取り直す。
一方のクラウはと言うと、重い一撃を当ててしまったことに自分で驚いたのか、攻撃を当てた瞬間に目を見開き――クラウも一度背後に跳んだ。
「最初から裏切るつもりだったっていうの、嘘ですよね……それなら、魔王と戦っている時に、アラン君をサポートしたりしなかったはずです……そう、いつもそうやって、肝心なことを話してくれない……アガタさんも、アラン君も……うぅ……!!」
「クラウ!?」
クラウは頭を抱えて首を振り始める。いけない、このままではアランと戦っていた時の二の舞だ。考える隙を与えてはいけない。そして、同時に今なら彼女の意識を落とす隙がある。それならばと今度はこちらから前進して当て身を狙うが、こちらが接近してきたのに彼女の防衛本能が働いたのか、突き出した拳は彼女の腕でいなされてしまう。
狙いは半分失敗したが、半分は成功だ。一番避けなければならないのは、彼女に考える隙を与えないこと――それなら、今度はコチラから積極的に打ちに出て、隙あらば彼女の意識を落とさなければならない。
「同じ言葉をそっくり返しますわ、クラウディア。私を相手に考えごとをしている余裕なんかありまして?」
「あぁぁああああああ!!」
こちらの挑発に乗ってきてくれたおかげで、再び打ち合いが始まるが、同時にひとまず彼女が混乱するのを防ぐことには出来た。
そして、恐らくこのまま思考をさせなければ、必ずチャンスが巡ってくる。彼女はすでにアラン・スミスとの戦いで消耗している。対して自分は、ここに来るまでに一度第六天結界を張っただけ――拮抗した実力であるが故、同じ回数の魔法が使えるのなら、先に精神力が切れるのは彼女の方が先になるはずだからだ。




