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1-30:ドラゴンズロア― 下


 ◆


 空を舞う魔獣、その口元が開かれる。炎のブレスが来る――だけど、こちらもすでに準備は済んでいる。


「コキュートスエンド!」


 龍の放った紅蓮の吐息を、こちらは冷気で迎撃する。炎と氷とがぶつかり合う――コキュートスエンドは、今の自分が即席で打てる魔術の中では最も高威力のもので、龍の炎の熱エネルギーを奪い去るには十二分な威力。本来なら第五階層でも相打ちできたのだが、既にその階層の魔術弾は打ち尽くしてしまっている。


 そして、今のが第六階層でも最後の一撃。一度接近された時に衝撃波も――杖の下に一発だけ仕込んでいる、即席の魔力爆発――すでに打ってしまっている。けん制に第四階層も使い尽くしているが、どのみち無効化されるし、況や第三階層以下はあの魔獣に効かないのは隊員が実証済み。あの体表を覆う術式が、第五階層程度までの魔術を無効化しているようだった。


 それならば、第六階層以上ならば通るのか、それも実証済み。第六階層の雷呪文ならば、幾分か相手の術式を貫通することには成功しており、相手の体にも幾分かダメージを与えることには成功している。しかし、空から落とすには足らなかった。


 隊員を逃してからは、第六階層も防御に回してしまい――コキュートスエンドは威力はあるが、弾速は遅い。立体的な動きの出来る相手には当てることが難しいまま、攻撃を相殺するのに打ち尽くしてしまった。


 同時に、何故こんな魔獣が存在するのか――その疑問に対しては、何度考えを巡らせても答えは出ない。しかし一個だけ確実に言えること、それはあの魔獣は魔族か、はたまた人間か、どちらかに手を施されたモノだということ。


 まさか進化の仮定で、天敵となりうる魔術を無効化する術式を体に刻ませたは、いささか飛躍しすぎた発想だろう。そう考えれば、あの術式は魔術を知るものによって施されているのだ。そして今、人間を襲っているからには、恐らくは魔族からの指金と考えて相違はないように思う。


「はぁ……はぁ……」


 自分の吐く息が妙に大きく聞こえる。龍の咆哮のほうが音も大きいはずなのだが、先ほどから轟音の中にずっといたせいで、耳がおかしくなっているのかもしれない。魔術が効かないことで士気は下がってしまったが、隊員の練度が高いおかげで、死者は――自分の見えていた範囲ではだが――出ていなかったことだけは幸いか。


 しかしアレを放置していては、きっとこの先多くの犠牲者が出る。


「はぁ……はぁ……!」


 自然と、杖を握る手に力が入る。手は、一つだけある。それが薄氷の上を駆け抜けるような僅かな道でも、ここで退くわけにはいかない。


(……分かっている、自分がこう無茶だから、シンイチさんから見放されたんだって)


 退くことを知らない自分、頑固な自分、融通の効かない自分、一人で無茶をして周りに心配をさせてしまう自分――それでも、自分の肩に人々の安寧の日々が掛かっているのだと思うえば――。


(……下を向くわけには、いかない!)


 中空を再び睨め付ける。獣の背後には満月、嘲笑うように自分を見下ろしている。再び、魔獣が口を開く。こちらには相殺する手段は無い。しかし、先ほどから相手のブレスの威力も落ちてきているように思う――それならば。


「第三階層魔術弾装填、冷気、加速、強風、白銀の風【シルヴェルウィンド】!」


 第三階層なら、詠唱が早い、氷獄の棺よりかなり威力は落ちるものの、相手のブレスも威力が落ちているのなら――打ち出された炎は、予想通り最初ほどの威力はない。しかし、それでも今度はこちらの威力が足りない。幾分か相手の炎は軽減できたものの、このままでは直撃が免れない、横に飛んで回避を試みるが、余熱で皮膚が幾分か焼かれてしまった。


「くっ……まだ!」


 体制を立て直し、再び上を見る。しかし、相手もこちらに打つ手がないと悟ったのか、また同時に炎で倒せないことに苛立ちを覚えたのか、滑空する姿勢を取ってきている。そのまま勢いよく地表に降り立ち、大地が揺れ、砂埃が舞う。


 遠距離に居てくれたほうが、まだマシだったかもしれない。かなり無茶でも、最後の一手を打つ好機が生まれたかもしれないから。埃が龍の咆哮で晴れると同時に、すぐさま魔獣の牙が私の身を抉らんと近づいてきた。


(アクセルハンマー……間に合わない……!)


 物理攻撃で迎撃しようにも、やはり魔術は戦士のそれと違いディレイはある。ここまでか――そう思い、思わず目を瞑ってしまう。


 その時、瞳の裏に現れたのは、幼少の記憶でも、学院での生活でも、勇者との旅路でも、軍隊での思い出でもなかった。ただ、この前食べた、デザートのこと、あの食卓が、なんとなく思い出された。


(あぁ……もう一回、食べたかったなぁ……)


 風を切る音、龍の雄たけび――すでにこの身は切り裂かれていてもおかしくない。だが、痛みはない。極限状態だと、脳内物質の分泌により痛みはないと論文を読んだことはあったが――それにしては、まだ手足も動くような――。


「……ソフィア!」


 男性の声が背後から聞こえて、はっと目をひらく。龍の声は、威嚇するものではなかった。魔獣は痛みに声をあげていたのだと気付いた。魔獣の目から血が吹き出ている。それは、あの眼球に刺さっている手斧が引き起こしているのだ。


「ソフィア、無事か!?」


 振り向くとそこには、あの食卓の対面にいた青年が、汗だくで息を切らして立っていた。

ここまでお読みいただきありがとうございます!!

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