7-52:月は無慈悲な夜の女王 下
「イスラーフィール様。私は、アナタやルーナ様の仰ることを疑うわけではありません。でも、でも……同時に、アラン君やアガタさんのことも、同じくらい疑えないんです」
「アラン・スミスに関してはヴァルカン神が言った通り……要するに、彼は自分のことを分かっていて、そのうえでアナタを欺いていたのです。それにアナタは、アガタ・ペトラルカに糾弾されて、一度教会を追放されました……先にアナタを裏切ったのはあの二人です。
それでも、アナタは彼らと戦うことは出来ないというのですか?」
「それは……そうです、二人とも、全然私に事情を話してくれないんです」
『……クラウ!』
「でも……」
ティアの叫びに応えるため、すぐに否定の言葉を続ける――大丈夫、ティアの言いたいことは分かってる。そして、自分だって同じ気持ちなのだから。
「アガタさんのことは恨んだりもしてましたけど……彼女は聖レオーネ修道院の修復に掛け合ってくれました。もし私のことを何とも思っていないのなら、無視すればいいだけだったのに……。
それにアラン君が黙ってるのも、言ったら私に危害が及ぶと思ってたからで……二人とも、私のことを思って事情を話していなかったんだと思うんです」
「そんな確証は無いでしょう? 彼らは、アナタを都合よく使っていたのかもしれませんよ?」
「都合よく使ってなんかないです……二人とも自分一人で背負って、どんどん先に行っちゃうんですから。それは、すごく悔しいことです。頼りにされていない証拠です。でも同時に……二人とも、私のことを大切に想ってくれてるんだと思うんです」
「大切に……ですか」
イスラーフィールはこちらの言葉をおうむ返しにし、そのまま視線を落とした。向こうの表情は見えないが――落ち着ている様子だし、こちらの意図を汲んでくれそうな雰囲気だ。これなら、キチンと話せば伝わるかもしれない。
「それで、その……もう一度、あの二人と話をさせてください。もしルーナ様の言う通り、二人がこの世界に仇なすというのなら、私はルーナ様のために戦います。でも……」
「……もういい」
「えっ……?」
乾いた声色が聞こえたかと思うと、イスラーフィールはこちらへ向けて手を差し出していた。なんだか、イヤな予感がする――しかし、抗おうにも不思議な吸引力が働いているというべきか、その掌から目を逸らせない。
「管理者ルーナのもとに、イスラーフィールが代行す。シリアルナンバー5C2BE11C、個体名クラウディア・アリギエーリ……対象である第六世代アンドロイドの思考領域の矯正を開始」
その掌を見続けていると、段々と意識がぼぅっとしてきた。そして元々混乱しきっていた頭の中が、更に混濁としてくる。頭痛が酷い、何が起こってるんだろう――酷い、痛い、苦しい、助けて、誰か助けて――!
(アラン君……アラン君……?)
アラン・スミスは敬愛する我が女神、ルーナの敵。邪神の生まれ変わりだ。それならば自分の敵だ。アガタ・ペトラルカも同様――偉大なる七柱の創造神を裏切ったレムの手先、それならば倒すべき敵だ。
違う、二人はそんなじゃない――あの掌を見ていると、自分の大切なものが抜け落ちていく感覚がある。ルーナ様、天使様――あぁ、なんて冷たい瞳――いいえ、私が悪いんだ、だって自分がとんでもない勘違いをしていて、女神様や天使様のお手を煩わせてしまっているのだから。
『クラウ! しっかりして!!』
『て、ティア……』
『今、アイツは間違いなく君を苦しめている……そんな奴の言うことを聞いたら駄目だ! 頑張って、気をしっかりと持って……大丈夫だ、ボクがいるから!』
そうだ、ティア。ずっと自分と一緒にいてくれた、もう一つの魂。辛いことを一緒に――いいや、辛いことを押し付けてすら、私に対していつだって優しかった、大切な友だち――彼女の言うことはしっかり聞かなければ――。
「……なるほど、一番厄介なのは、生体チップで制御できないもう一つの人格ですか……それならば最優先は、その人格との絆を断つこと……」
イスラーフィールが腕を突き出してくると、その掌の光がさらに強くなる。ティア、ティア――ティアって誰だっけ――?
「……いやぁぁあああああああああああ!!」
『クラウ!?』
頭がぐちゃぐちゃになる苦しみに思わず叫び声が出てしまい――自分の名を呼ぶ謎の声が聞こえた直後、ナナコが水色の髪の少女に掴みかかっていた。
◆
『クラウ!! くっ……ボクが出て……!』
体の主導権を入れ替えようとするが、イスラーフィールの手を見ている限りでは何故だか上手く入れ替えることが出来ない。クラウの方が上位人格ではあるものの、普段なら無理やりに変わることは可能なのだが――。
「……はぁあああああああ!!」
咆哮が聞こえた直後、宿主により固定された視界の先に銀髪が現れ――ナナコがイスラーフィールに掴みかかった。小さな少女と思えないほど鋭い動きに対応するためか、イスラーフィールは手を引っ込めて後ずさった。
「夢野七瀬のクローン……邪魔をするのですか」
「クローンとやらは良く分かりませんが、邪魔はします!! クラウさんが苦しんでるんですから!!」
それだけ言って、ナナコはイスラーフィールの方へと再度突撃した。対するイスラーフィールはバク転する形で後方へ――まるで結界を蹴ったのと同様の異様な高さで跳んだ。それと同時に、クラウの身体は緊張の糸が切れたように倒れ込んでしまい、なんとか手をついてはくれたものの視界は土一色に染まる。
「書き換えは未完了でしたが、どうせ使い捨て……これで十分でしょう。さぁ、クラウディア・アリギエーリ。アナタの使命はなんですか?」
「はい……私は……」
頭上から聞こえる声に応えるようにクラウの体が立ち上がり、崖の上にいる青白い月を見つめだした。
「女神ルーナに仇なす者たちを倒すために戦います!」
宿主の口がそう動いて後、わが友たるクラウは自分の制止も聞かず、体の向きを変えて崖下の方へと駆けだして行った。
次回投稿は3/18(土)を予定しています!




