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7-51:月は無慈悲な夜の女王 中

 閃光に眩んでいた視界も徐々に戻ってきて、仲間たちもそれぞれ膝をついてるが、無事な様子は確認できる――しかし、中々聴覚が戻ってこない。しばらくは耳鳴りが酷く、安否を確認するために発した自分の声すら聞こえない。


『ルーナ様、ルーナ様!? 一体何が起こってるんですか!?』

『クラウ、落ち着くんだ……今は状況を整理するほうが先決だよ』


 女神の声も周囲の音も聞こえなくなってしまっており、ただティアの声だけが脳内に響く。状況を整理するも何も、先ほどルーナ神が言っていたことが本当かどうか確認しなければならない。その内容次第では――。


(もしも……アラン君とアガタさんと敵対することになったら……!?)


 自分は戦えるのか、一瞬そんな思考が頭をよぎる。しかし、そんなことは無理だ――ここまで頑張ってきたのは、ここまで着いてきたのは、そもそも何のためだった?


(私は、アラン君の役に立ちたくて……アガタさんを助けたくて……でも……!)


 もしルーナ神の言うことが本当だとするのならば、そのうえで二人と戦えないというのなら、自分は敬愛する神に背くことになる――いや、そもそも二人は無事なのか。ハッとなって改めて崖下の様子を見ると、先ほどまであった建物は見る影もなく崩落し、辺りは瓦礫の山と化していた。


「邪神たちは無事ですよ。残念なことながら……ですが」


 戻ってきた聴覚が最初に聞き取ったのは、鈴のように涼し気な――同時にどこか無感情な声色だった。声のしたほうを振り返ると、誰もいないが――ナナコがソフィアの前に立って、警戒するように空間の一点を見つめていた。


「そう警戒しないでください……私はアナタ達の味方です」


 ナナコの見つめる先の空間が少し歪み、水色の粒子を巻き上げたと思うと、その中から白いローブの少女が姿を現した。淡い水色の髪に、その色と同じでどこか空虚な瞳の少女――年の頃で言えばソフィアやナナコに近いか、それより少々上と言った印象で、浮世離れした雰囲気を纏っている。


「申し遅れました……私はイスラーフィール。女神ルーナに仕える天使です」


 イスラーフィールと名乗った少女は、ローブの裾をつまみながら挨拶をしてきた。再び起こった急展開に頭がまた混乱するが――伝承の通りに不可視であったこと、それに先ほど聞こえた女神の声が使いを出すと言っていたことを勘定すれば、彼女が天使であるというのは疑う余地が無いように思う。


 同時に、イスラーフィールと名乗る少女の出現は、先ほどの声がやはり空耳でなかったことの証左と言えるのではないか――だが、事態を呑み込もうと頭を働かせる余地もなく、ナナコとエルが警戒する様子でイスラーフィールの前へ出た。


「皆さん、下がって……イヤな感じがします」

「……そうね。自分から味方を名乗る者に碌な奴はいないって、相場が決まっているもの」


 そう言いながら、エルは神剣の鞘に手をかけた。対するイスラーフィールは変わらず落ち着いた様子だが、斬りかかってくるのを警戒しているのかローブの裾へと手を伸ばし、何かをすぐに取り出せるようにしているようだ。


 一触即発という雰囲気だが、イスラーフィールは間違いなく神の御使いだ。争うわけにはいかない。自分がエルとイスラーフィールの間に入って止めに入ることにする。


「そ、そんなことないです! 彼女は間違いなく、女神ルーナの使いなんですから……! イスラーフィール様、一体何が起こってるんですか? 先ほど、ルーナ神の声が聞こえて、それで……先ほどルーナ様が仰っていたことは、本当なのですか!?」

「先ほどアナタに聞こえた声は本物です。また、その内容も……」

「そ、そんな……」


 天使から告げられた事実に、眩暈がするような心地になる。実際に額に手を当てて俯いていると、視界の中にソフィアのスカートが近づいてきた。


「クラウさん、女神ルーナは何を言っていたの?」

「それは……」


 言えない。言えるわけがない。本当に、アラン・スミスが邪神であっただなんて――今だって信じがたい気持ちでいっぱいだ。ともかく、イスラーフィールは何を伝えるためにここに来たのか、確認しなければ――なんとか顔をあげて、感情の読めない水色の瞳を見つめた。


「……クラウディア・アリギエーリ。古の神々はまだ生きています。アナタはこの丘を降り、天使ジブリールと共に邪神とその使徒たちと戦うのです」

「わ、私は……私は……」

『……クラウ、頼む。少しボクの言うことを聞いてくれ』


 ぐしゃぐしゃの思考の中、ティアが声を掛けてくる。その口調は穏やかで――何度も自分を救ってくれた魂の同居人の声を聞くと、少しだけ落ち着くことができた。


『あの天使と名乗る女の子、なるほど確かに尋常じゃない……もしかすると、本当に女神ルーナの使いなのかもしれない。でも、先ほどからの君の狼狽を見るに、きっと恐ろしいことをそそのかされている……一旦、冷静になるべきだ』

『そうは言っても……私は……』

『もうルーナに見捨てられたくない、その気持ちは汲むよ。でも、君の真っすぐな信仰を先に裏切ったのはルーナなんだ。それより、いつも、何度も君のことを救ってくれたアラン君達のことを考えるべきだと、ボクは思う』


 確かに、ティアの言うことだって間違いないはずだ。仮に彼が邪神の生まれ変わりであっても、ここまで見てきた――ずっと見てきた彼は、打算抜きに善人であったように思う。


 そもそも、自分には分からないことだらけなのだ。彼と出会って約半年、世界の危機の渦中に居てすら、結局彼のことも、アガタのことも、この世界の真実も、結局はなに一つ分かっていなかったのだ。話してくれなかったのは彼らかもしれないけれど、同時に自分から理解しようと努力もしていなかったかもしれない。


 それならば――。

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