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7-50:月は無慈悲な夜の女王 上

 アランが自分たちの元を発ってしばらくすると、集落の方で眩い光や爆発が巻き起こり始めた。それを見て、自分とエルはすぐに移動を始めようとしたものの、それはソフィアが制止した。


 曰く、「今から行っても間に合うか分からないから、アランさんを信じて待とう」とのこと。普段ならアランのことを心配して真っ先に飛び出していくソフィアがその調子だったことには違和感があったが、続く「ゲンブはアランさんとナナコだけを指定してたから、自分たちが居るのがバレたら下手な刺激をすることになるかも」と言われてひとまず加勢は見送ることになった。


「静かになりましたけど……アラン君、大丈夫でしょうか?」

「……信じるしかないわね」


 自分の呟きに対して、隣でエルも崖下を見つめながら応える。自分も目を凝らしながら集落の方を見てみるが、如何せん月明かりくらいしかない暗闇の中なので、建物の僅かな輪郭程度しか分からない。


 ここ数日、彼とは気まずかったのが正直な所で――世界樹を目指す際に、自分の疑念をぶつけてしまったのが原因だ。とはいえ、疑問に思うのは自分が彼のことを信じたいからであって、彼のことを嫌いになったとか言うわけではない――やはり無茶をすれば心配にもなる。


 何とか無事に帰ってきて欲しい。そう思いながらもう一度崖下に向かって目を凝らすが、やはり自分ではどうなっているかの確認は難しい。それこそ、彼の並の視力があれば状況も分かるのかもしれないが――。


「……そうだ! ナナコちゃん、様子は分かりませんか?」


 以前、世界樹に煙が上がっているのを視認したのは彼女だ。それなら、何か様子でも分かるかもしれない。とはいえ、ナナコの方を見た時にはすでに彼女も眼の上に手を当てながら下を注視しており、しばらくして首を横に振った。


「ごめんなさい、夜目はきかないみたいで……流石に、こう暗いと良く見えないです」

「そうですか……」


 どうするべきか、今すぐに彼の救援に向かうべきではないか。彼が一人で行くのを珍しく認め、同時にここから動くことを止めたソフィアも、唇を噛みながら心配そうに眼下を見つめている――自分に何かできることは――。


『……クラウディア・アリギエーリ』

「……え?」


 突然、誰かに名前を呼ばれたような気がした。周囲を見回しても、皆崖下を見ていてこちらを向いているわけではない――というより、脳内に響いた声だったように思う。


『ティア、呼んだ?』

『うん? いや、ボクは呼んでいないけれど……』


 魂の同居人に確認を取ってみるが、どうやら違うらしい。というより別人の声だったとも思うし、何よりティアならクラウと呼んでくるはずだ。


『クラウディア・アリギエーリ、聞こえますか? 私はルーナ……女神ルーナです』

『ルーナ様!?』


 思わず、声の主が名乗ったその御名を呼び返す。再度辺りを見回しても、他の者たちの視線先は相変わらず眼下の集落に向かっている――どうやら、この声が聞こえているのは自分だけのようだ。


『クラウ? どうしたんだい?』

『ティアには聞こえないの!? ルーナ様が……ルーナ様が私に語りかけてくれてる!』

『なんだって? ボクには聞こえないけれど……』


 肉体を共有しているというのに、ティアにはルーナの声が聞こえないのか。しかし、聞こえてきた声は慈愛に満ちたモノで、今まで自分が思い描いていた女神ルーナの声そのもの、いやそれ以上だ。一度は見捨てられたのかとも思ったが、再び恩寵を授けてくれただけでなく、このように声をかけてくれるとは――今までの信仰が報われたようで、少し気持ちがうわついてしまう。


 しかし、すぐにハッとなる。今は緊急事態で、真下には古の神々が居るのだ。そうなれば、もしかすると今の自分に何かをしてほしくて、女神ルーナは話しかけてきたのかもしれない。


『あ、あの、ルーナ様……私に何かご用でしょうか?』

『良いですかクラウディア。今、邪悪な神々を滅ぼすため、神の炎が眼下の集落に迫っています』

『そ、そんな!? あそこには、アラン君が……勇者様とアガタさんが居るんです!』

『アラン・スミスとアガタ・ペトラルカは、女神レムの指示で動いています。そしてあろうことか女神レムは邪神たちに寝返り、私たち七柱の神々と主神に牙を向こうとしているのです。つまり……』

『アラン君とアガタさんが、裏切ったっていうんですか……?』

『さよ……えぇ。ヴァルカンから聞いているのではないですか? 何せ彼は……』


 邪神ティグリスに似ている――いや、ルーナ神の口ぶりから察するに、もしかすると彼は邪神そのものなのかもしれない。そう考えると、滅茶苦茶に頭が混乱してしまう――敬愛する女神の声が聞こえた高揚感などどこかに吹き飛んでしまいそうだ。


『ちょ、ちょっと待ってください!? もしそれが本当なのだとしたら、何故アラン君……いいえ、アラン・スミスを勇者に選定したのですか!?』

『時間がありません。今、神の御使いがそちらへ向かっています。詳しい指示はそちらで受けてください。今は北の空から来る神の炎に巻き込まれないようにするために結界を張り、ハインラインを……仲間を守るのです』


 北、北ってどっちだ――きょろきょろと辺りの空を見回すと、確かにある方角に眩い光が走った。慌ててそちらへ向かって走り、仲間たちが巻き込まれないようにするために崖側に立ち、両手を突き出して六枚の結界を張る。


『クラウ!? 一体何か起こって……』


 ティアの声が聞こえ切る前に、巨大な光の筋が集落に着弾し、眩い閃光と轟音により五感が一気に機能しなくなってしまう。ただ、手の先にある結界が、一枚、また一枚と割れる感覚――爆心地から離れていてもこの威力ならば、アガタの張る第六天結界ではひとたまりもないだろう。


 最後の結界が割れた反動で後ろへ吹き飛ばされてしまい、視覚も平衡感覚も失われているので尻もちをついてしまうが、同時に地面にあたった痛さは確かに存在するのが死んでいない証のように思われた。

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