7-47:T1vsT3 下
◆
変身が完了し、改めて光線が発射されたほうの気配を手繰る。音こそしないものの、気配は感じる。それも、滅茶苦茶に鋭いヤツだ。
『殺気がむき出しすぎるぜ……アイツ、狩人としては二流なんじゃねぇのか!?』
先ほどゲンブたちとは会話が出来るかもしれないとか考えたが、どうやら自分が呑気だったらしい。いや、T3の独断という可能性はあるだろうが、少なくともアイツは自分のことを歓迎してはいないのだ。
『おいアラン、退くんじゃなかったのか?』
『あんな光線で狙い打たれたんじゃ、背中を向けるのは危険だろ?』
『まぁ、それ確かに……いや、そう言う問題か?』
そう言う問題だ、と返している余裕はなさそうだ。移動を続ける中で、集落の屋根に躍り出たT3を発見する――弓のような物をこちらへと向け、矢をつがえずにその弦を引いていた。先ほどの光線はアレから発射されたものだろう。光学兵器ともなれば速度は折り紙つきだが、曲がりでもしない限り射線を見切ることは不可能ではない。
T3は真っすぐに自分を狙っているが――アイツも修羅場を潜ってきた戦士だ。生半可な射撃をしてくるわけではないと予想される。相手から目を逸らさぬまま、一射目は加速を強化して着弾点をずらし、ニ射目が放たれるタイミングの直前で加速を切った。
『甘ぇ!!』
予想通り、光線は自分の目の前に着弾した。そしてすぐさま再び加速し、屋根の上を飛び回る銀の流線を追い始める。しかし、その距離は一向に縮まらない。こちらはレッドタイガーの力で以前よりも速度が増しているはずだが、それは向こうも同様ということか――恐らく、王都襲撃の後に更なる改造を受けたということなのだろう。
それどころか、若干ずつだが距離は離れてしまっている。というのは、自分は向こうの攻撃に対応できるだけの足場があるルートを選ばざるを得ないのに上乗せして、回避行動を取らなければならない分、向こうの進行スピードの方が早いのだ。
如何せん、間合いを詰められなければ自分の攻撃は届かない――緩急をつけながら着弾点はずらしているが、向こうも段々とこちらの動きに対応してきている。このままではじり貧か――三度目の加速を切り、身体が熱くなってきたタイミングで、再びべスターの声が聞こえだした。
『威勢よく啖呵を切ったのは良いが、追いつくのも難しそうだな、アラン……どうするつもりだ?』
『それを今考えてるんだ! というか、いつもいつもどうするって聞いてきて、たまには建設的なアイディアの一つでも出したらどうだ!?』
『概ね、貴様の出す滅茶苦茶な行動の方が最終的に良い結果になることが多いから黙っていただけなのだが……そうだな、アレを出したらどうだ?』
アレ、というのはゲンブの鉄巨人を葬ったアレか。確かに、あの爆発力を推進力に代えれば、一気に接近することも可能かもしれない。そう思いながらベルトについているボタンに指をかけた。
『良いアイディアだべスター……採用させてもらうぜ!』
『これも滅茶苦茶な案ではあるがな。誰かさんの無茶が移ったか……』
既に数度の加速、それに相手に詰め寄ろうとしてかなり速度を出していたので、身体の熱さは十分だ。再びバックルに指をかけてボタンを押すと、エネルギー解放のためのゲートが目の前に現れたのだった。
◆
移動速度は五分、こちらは精霊弓を射るために振り返る必要があるが、牽制による足止めを想定すれば、差し引きで安定した距離は稼げる――ひとまず互いに決定打こそ打てないものの、これならば原初の虎とも渡り合えている形だ。
再び弓を射るために振り向いた瞬間、アラン・スミスの前に何かゲートのようなものが現れているのが見えた。アレは、ゲンブの報告にあった加速エネルギーの解放か――かなり高威力の一撃と聞いてはいるし、アレでこちらに一気に接近してくるつもりなのだろうが――。
(制御は難しいはずだ……!)
速度が上がれば上がるほど、微細な動きはしにくくなるはず。精霊弓を撃つのを止め、建物の後ろに移動し、ADAMsは切らないまま足を止める。相手としてはこちらが加速を落とさずに進む距離を目指して突っ込んでくるはず。
弓を構えて弦を引き、虎が飛び込んでくるのを待つ――加速した時の中では一瞬、しかし極限まで張り詰めた神経で感じる体感時間はかなり遅く感じる――来い、来い、来い――次こそ貴様に煮え湯を呑ませてやる――!
しかし、殺気は唐突に、正面からでなく上から来た。瓦礫が堕ちるよりも早く、急に自分の上部の壁を突き抜けてきた黒いシルエットから――先ほどまで赤かったエネルギーを解放して黒に戻ったのだろう――煌めく刃が投擲されている。
『ちっ……!』
判断が遅れたため、射出された短剣は避けざるを得なかった。以前のように毒が仕込まれていることを想定すれば、かすりすらする訳にはいかない――そしtげこちらの回避行動の隙に、虎が壁を蹴ってまた落下してきたので、安易な接近を許してしまう結果となる。
この距離では弓での迎撃が難しい。すぐにマントからヒートホークを取り出し、振り下ろされるカランビット・ナイフを受け止める。互いにマッハ3を超え、4に近づくほどの速度であり、刃をぶつけ合うだけで軽くトン単位のエネルギーが発生し、重い衝撃が義体の手足に掛かる。
ともかく、この距離では不利だ――自分の直感がそう告げている。この距離では相手が何をしでかしてくるか見当もつかない。まずは距離を離さなければ。
ヒートホークを力一杯に押し出して相手の刃を弾き、一度互いに距離を取る。そして同時に、互いの神経が限界に到達して加速が切れる――世界に音が戻ってきた結果、アラン・スミスが突貫してきた建物が崩れる轟音が響き渡った。
そして、上部から落下してくる瓦礫の隙間を縫うように、黒い虎がこちらへ接近してきているのが見える――再加速をする前に、一気にけりを付けようという算段か。
退くか、いや――ここで退いては永久にこの男を超えられない。それならば――!!
「うらぁああああああ!!」
「おぉおおおおおおお!!」
「……そこまで」
二つの咆哮の間を縫うように、乾いた男の声が挟まる――何かが勢いよく空を切って接近する音が聞こえ――自分が振り上げたヒートホークと、原初の虎が振り下ろしたカランビットナイフは、互いに巨大な斥力を発生させる薄い膜によってせき止められてしまったのだった。
次回投稿は3/11(土)を予定しています!




