7-46:T1vsT3 上
精霊弓から排熱の蒸気が吹き出すのと同時に、こちらも奥歯を噛んで迎撃に備える。窓の外を見ると、原初の虎は建物を脱出すると同時に、漆黒の鎧に身を包んでいた。アレが、ゲンブの報告にあった変身か――そして、奴は退くどころかこちらへ向かい始めているようだった。
相手から死角になるよう、別の窓から外に飛び出して距離を取る。それと同時に、脳内にゲンブの声が響き始めた。
『T3、ぶっ放した後に連絡するのも大変恐縮なのですが、先ほどアガタ・ペトラルカを通じてレムから連絡がありました。丁度、アナタが狙い撃った方角に原初の虎が来ていたらしいのですが……』
『あぁ、分かっている』
元々、セブンスに埋め込まれている生体チップのおかげで、アラン・スミス一行が近くに来ているのは分かっていた。そして、ヤツなら一人でこの場に乗り込んでくることも織り込み済みだ。
そうともなれば、建物の中でこそこそしている者など、アラン・スミス以外にあり得ない――そう推理したまでのこと。
『あの、分かっていて撃ったんですか?』
『あぁ、分かっていて撃った』
『何故に?』
『奴には以前にしてやられたからな……その意趣返しだ』
本音を言えば、もう少し深い意図はある。一つは、自分の力試しをしたいということ――更なる加速に耐えられるようになった身体と、精霊弓という新たな武器があれば、原初の虎とも渡り合えるのか確認してみたいという思惑があった。
そしてもう一つは――子供じみた理由だが――やはりアイツのことが気に食わないという理由だ。せめてもう一度勝負をして、こちらが上ということが認識出来れば――ないし引き分けることが出来れば――まだ幾分か胸がすくというのもある。それ故に仕掛けた勝負だ。
だが、それをゲンブにわざわざ言うこともない。そう思いながら屋根の上を移動していると、脳内に呆れたようなため息が響き渡った。
『はぁ……それで彼がやられてしまったらどうするつもりなのですか?』
『この程度でやられる虎ではない……それに、安易な奇襲で死ぬような輩と貴様は手を組みたいのか?』
『まぁ、それは確かに……いや、そういうことではなくてで……』
頭の中が姦しくては狩りに集中できない――そう思ってゲンブからの通信を一方的に切り、こちらを補足して接近してくる黒い異形に向かって弓を構えた。
◆
T3からの通信を切られてしまい、彼を説得する術を失ってしまった。やはり、T3はアラン・スミスとは組みたくないというのが本音か。しかし、第五世代を相手にできる二人の虎を、どちらか片方ですら失うことは出来ない。
見張り台から外を見ると――今の自分は生身の体でなく、演算器によって世界を観れるので、彼らのドッグファイトを視認することも可能だ――アラン・スミスも戦闘態勢に入っており、屋根を飛び移るT3を追いかけ始めている。
こうなれば、自分たちが割って二人の戦闘を止めなければならない。人形の首をまわすと、頭巾の間から覗く赤い瞳が確認できた。
「……ホークウィンド!」
「あい分かった」
男の名を呼んだ瞬間、巨大な掌が人形の頭をむんず、と掴んだ。
「……はい? あの、もう少し丁重に扱ったりは……」
「囀るな、舌を噛むぞ」
「いや、人形なので噛む様な舌は持ち合わせて……おぉ!?」
すべてを言う前に、ホークウィンドは窓から外へと飛び出していた。これが生身の身体だったら、確かに舌を噛んでいただろう――そう思えば人形の依り代も悪くはない、忍び装束の隙間から見える星空を眺めながらそんなことを考えていた。




