7-45:忘れられた集落への潜入 下
完全に西日が落ち、辺りがすっかり暗くなったのを見計らって移動を始め、夜の集落へと潜入する。空に浮かぶ二つの月は三日月、新月ほどの暗さではないものの、闇に潜んで行動するにはこちらの視界も確保されるというメリットもある。
アガタたちが拘束されているらしい場所と、T3が潜んでいるらしい場所にはある程度の目星はつけている――こちらが上部から偵察してくるのは織り込み済みだろうから、身を隠すために屋根が残っている建物の内のどれかにアガタ達を拘束、同時にT3達は潜伏していると思われた。
おそらくT3、ないしホークウィンドは視界の確保できる高めの建物に居るはず――とくに集落の中央にある見張り台のような建物、あそこに潜んでいる可能性が高い。厄介なのは、その建物の三階部分は四方に窓があり、また周囲の道が放射状に伸びているため、集落の道の多くがあそこからなら見張られてしまう点だろう。
つまり、集落の中を進む時は基本的には建物の隙間を縫うように移動し、道を横切るときには必ずあの窓から死角になるように横断しなければならない――どの道、大路を堂々と行くのは隠密としては下の下だ。仮にT3に見張られていなかったとしても通らなかった道だろう。
丘を降りきり、集落の敷地内には気付かれることなく侵入することが出来た。しかし、想定される条件をクリアしながらの捜索はかなり厳しいだろう。少しでもヒントになることは無いか、そう思った時にある一つのアイディアが思い浮かぶ。
(アガタが居るなら、レムを通して合図を送れるんじゃないか?)
こちらからレムの声は受信できなくなっているものの、レムは自分の場所を把握しているはずだし、思考も読んでいるはず――そうなれば、捕らえられている建物の窓か何かから合図を取ってもらえば探す手間や危険な大路を横切るリスクを下げることが出来るはずだ。
『レム、聞こえているか? 聞こえているんだろう……アガタがここに居るのなら、合図を送らせてくれ』
そう念じて辺りを見回してみるが、残念ながら何の合図も見受けられない。いや、それも仕方がないだろう、今は狭い路地に潜伏しているのだから。合図を確認するとなれば、自分もどこか視界が拓けている所に一度移動する必要がある。
もちろん、それは自分の姿を晒すリスクを負うことにはなるのだが――時間と移動距離に比例して見つかる危険性が上がるのも事実。それならば、一度は視界の拓けている場所で合図を確認してみるのも良いだろう。
合図を確認するとなればどこからが良いか、少し考えてから、見晴台に設置されている窓から死角になる三階建ての建物から確認することにした。合図を確認できるだけの高さを確保しながら、一つの建物内を捜索できるからだ。
気配を殺し、息を潜め、これから潜入する建物の側へと移動する。一度外から中に何者かの気配が無いかを探るが、ここの中には何者の気配もない。アガタたちが居ればラッキーだったが、同時に敵が居ないのも不幸中の幸いなので、そのまま中へと侵入する。
路地の奥まった場所にあるこの廃屋の一階は、月の光さえ差し込まない暗闇に包まれている。流石に、屋内の足音まで感知するほどT3やホークウィンドが気配にに敏感とは思いたくないが――油断できる相手ではない。細心の注意を払いながら、屋内の瓦礫を蹴る音すら立てぬように慎重に階段へと移動する。
そのまま二階を通り抜けて三階にたどり着き、窓の側まで移動して、身を隠しながら外の光景を眺める。他の建物よりも高いここからなら、集落を幅広く見渡せるはずだ。
『……レム、アガタがいるなら合図を』
脳内で女神に語りかけ、改めて周囲を見回す。すると、見張り台のさらに奥にある建物の二階の窓で何かが煌めくのが見えた。もちろん、朽ちたガラス片か何かが月明かりに反射しただけ、という可能性も無くはないが、タイミング的にアガタが合図をしてくれたと考えても良いだろう。
さて、アガタが無事にここにいるらしいことは確認が取れた。ここからアガタが捕らえられている場所へ行くには、見張り台の側に一度接近する必要がある。併せて、集落のほぼ中央に位置するあの建物から、T3達を欺いてアガタたちを連れ出すのは大分厳しいだろう。
さて、一度この場を離れるのが正解か、はたまた自分だけでゲンブたちに殴り込みにいくのが正解か――少し考えることにする。
殴り込みに行くと言っても、物理的に決着をつけるつもりがある訳ではない。一応、ゲンブは自分を仲間に引き込みたいと考えているはずなので、戦う意思を見せなければ会話自体は可能だろう。逆にエルたちが居ない今が、踏み込んだ話をするチャンスとも言える。
しかし、このような考えも浅はかかもしれない――指定されたようにナナコを連れてきてはいないから、この潜入がバレればゲンブたちを刺激することになる可能性もある。
そうなれば、一度戻ってソフィアに相談したほうが良いかもしれない。あの子なら諸々加味したうえで、良い案を出してくれそうだ――そう考えれば退くのが正解か。アガタたちの安否を確認するという最低限の目標は達したのだから、無理をしないのも必要だろう。
そう思って踵を返そうと思った瞬間、窓の外から鋭い殺気を感知する――距離にして百メートル以上、見張り台ではなく、こちらから十時の方角、そこから自分を狙えるとなれば、恐らく飛び道具――バックルに指を掛けながら奥歯を噛み、別の窓を目掛けて一気に走り始める。
窓から飛び出て別の建物の屋根に着地するのと同時に変身が完了し、同時に自分が居た建物を目掛けて光の筋が伸びてきた。振り返ると、光の筋が自分が居た建物の三階を呑み込んで跡形も無く消え去っていた。
次回投稿は3/7(火)を予定しています!




