7-44:忘れられた集落への潜入 中
川を下って二日ほどで熱帯雨林を超え、エルフの連絡船を降りることになった。エルフの船頭に地図をもらい、旧集落の場所に印をつけてもらって、そこを目指して移動を始める。移動は平坦で、魔獣などに襲われることもなく、かといって南大陸の大半の道中のように暑すぎることもない――考え事をしながら歩くのには丁度いい陽気だった。
「……エルフの集落へは、俺一人で行こうと思う」
道中で考えた結論を昼の休憩がてら皆に伝えると、まずエルが腕を組みながら大きくため息をついた。
「ふぅ……アナタの単独行動は今に始まったことじゃないけれど、理由を話してもらえるかしら?」
「あぁ、今回はキチンとした理由があるぞ……いや、いつもキチンとした理由はあるんだが。ともかく、今回の目的は偵察だ」
自分がそう言うと、クラウがこちらを向きながら小さく手をあげた。
「敵の配置を確認してくるってことですか? でも、そんなの時間によって変わるかもしれないし……」
「敵の配置確認もあるが、レアとアガタ、テレサが本当に居るかどうか確認する意味合いもある。もし仮にアガタたちがいないのにナナコを連れて行って連れ去られるのが一番こちらにとって損失だからな。
それで、もしいけるならそのまま三人の救出をしてくるつもりだが……まぁ、それはT3とホークウィンドがいる以上は無理だろう」
自分と同じ世界の速さで動くT3と、それに近い速度で動き回れるホークウィンドが居るのでは、自分一人で行けば不利なことは確実だ。同時に、両者とも気配に敏感であろうから、気配を消せないアガタ達をバレずに連れ出すのも難しいことだと思われる。
だが、一人で行きたい本当の理由はもっと別の所にあった。それは、エル達をこれ以上の危険に巻き込まないため――などと言うと、自分たちのことを信用していないのかと怒られてしまいそうだが、ゲンブが何を話すか分からない以上、彼女たちが知ってはいけないことを言われてしまう可能性も高く、もうゲンブ一派に少女たちを会わせたくない。
それに、先日の件――エルの武神の力やらも引っかかる。彼女がそれを使ってしまうリスクを想定すると、なるべく危険な所にエルを連れて行きたくないというのが本音だ。
自分の意見を伝え終えて後、少女たちの方を見回すと、ソフィアが口元に手を当てながら小さく口を開くのが見えた。
「……そうだね、合理的な判断だと思う」
「ソフィア? 今回は反対しないんだな……」
いつも真っ先に否定するソフィアが真っ先に肯定してくれたのが意外で、つい思ったことが口に出てしまった。そのせいで折角味方をしてくれたのに機嫌を損ねてしまったらしい、我らが准将殿はいつものように頬をぷくーっと膨らませた。
「もう、アランさんは私のことを何だと思ってるのかな? でも、今回のことはアランさんの言う通り……ゲンブがアガタさんたちを連れてきていない可能性を考慮したら、救出対象がいるのか確認するのは必要だと思う。そのためには、隠密行動が得意なアランさんが一人で行くのが、逆に一番安全だからね」
「ソフィア……」
「でも、勘違いしないでね? もちろん本当は、アランさん一人に危険な思いをして欲しい訳じゃないんだから」
途中までは真面目な面持ちで話していたのに、最後にはソフィアはまた不機嫌そうに頬を膨らませた。とはいえ、頭のキレるソフィアが賛成してくれるのはありがたいし――先日のことを思い出すと、ソフィアはこの世界の歪みに気付きつつあるのを想定すると、ゲンブたちに接触するのが危険ということを理解してくれているのかもしれない。
エルやクラウも「ソフィアがそう言うなら」と納得してくれた。
「……ただし、何かあったらすぐに救援に行ける場所には控えておくわよ?」
「あぁ、それで頼む」
エルの言葉に頷き返すと、ナナコが控えめな調子で手をあげた。
「あの、ソフィアたちが待つのは納得ですけど、私はアランさんに着いて行った方が良いんじゃないでしょうか?
あ、もちろん理由はあります……ゲンブさんたちは私とアランさんだけで来るように指定していましたから、もしレアさんやアガタさん達が居た時に、最悪の場合は私と交換する選択肢が増えると思うので」
「ナナコの言うことも一理あるが、そもそも君を連れ去られないようにするつもりだからな。大丈夫、深入りはしない……偵察が厳しいと判断したら、すぐに戻ってくるさ」
「ふむぅ、そういうことでしたら了解です!」
エルフの集落での対応も決まり、昼の休憩を終えて再び旧集落を目指して移動を始める。到着するころにはちょうど夕刻になっており、鮮やかな西日が石切りの集落を照らし出していた。
日が落ち切る前に到着できたのは幸いだった。日の光のおかげで、切り立った岩肌の上から集落の全体感が見渡せる――規模感としては一キロメートル四方に満たない程度で、ガングヘイムと比較すれば小規模な集落である。世界樹の規模、要するに現在のエルフの人口規模からしても大分狭いように思うが、移住前提の仮集落だったのでこの程度の広さなのかもしれない。
ともかく、改めて忘れられた集落の方へ視線を落とす。集落の家々は悠久の時の流れの中で朽ち、多くは屋根に穴が開いて中まで見えるようになっている。少なくとも、ここから確認できる範囲にはアガタたちの姿は見えなかった。
同時に、ゲンブたちが徘徊しているような雰囲気もないが――恐らく、どこかの物陰に潜伏しているのだろう。実はこの場所への誘導自体が罠であり、ゲンブたちはここに控えていない可能性も無くはないが――。
(いや、居る。アイツが……)
完全な直感にはなるが、この集落を包む緊張感は本物だ。自分の嗅覚が言っている、あそこにはもう一匹の虎が居ると。あの朽ちた廃屋の中で、自分のことを待っている――その爪を磨き、牙を隠して獲物が来るのを待ち構えている、そんな気がするのだ。




