7-43:忘れられた集落への潜入 上
世界樹で一泊した翌朝、すぐに世界樹を降りてエルフの旧集落に向けて出発した。昼には樹から降りて船に乗り始め、エルが一人の所を見計らって声をかけることにする。
「……昨晩は何もなかったみたいだな?」
ナナコが元気いっぱいにソフィアに話かているのを見るに、昨晩は何もなかったということになると思っていたのだが――エルは小さく首を振った。
「夜中にソルダールが来たわ」
「お、おい、大丈夫だったのか?」
「私の客としてきたの……武神の力を解放できるようにするとか」
それを聞いた瞬間、イヤな予感が脳裏をよぎる。それこそ、ゲンブたちが警戒していたハインラインの器としての能力を指すのではないか。下手すれば、武神ハインラインとやらをエルに降ろしてしまうのかもしれない――ダンというエルフが、ヴァルカン神ことフレデリック・キーツを宿しているように。
そう、気付くのが遅かったかもしれない。ダンのことを見ていれば、その可能性に気付くべきだったのだ。エルは武神ハインラインの器――だからゲンブたちは、エルのことをハインラインの器と呼んでいたのだろう。
そうなれば、エルの魂は武神にのっとられる可能性がある。その可能性は絶対に避けなければならない。
「その武神の力とやら、出来れば使わないでほしいんだが……」
「まぁ、そう言ってくるのは予想済み……でも、自分はソフィアにさんざ反対されてたADAMsを問答無用で使ってるアナタが反対するの?」
「ぐっ……まぁ、確かに俺が言っても説得力はないかもしれないが……」
エルの呆れるような視線と正論に一瞬身じろぎするが、ここは強く言ってでも使わせないようにしなければ――と思った瞬間、エルは口元を抑えて噴き出し、柔らかい雰囲気をまとった。
「ふふっ……冗談よ。私も安易に使う気はないわ。なんだか、危険な力な気がするのもあるし……こう言っては何だけれども、ソルダールのことをあまり信用しているわけでもないしね。
ただ、ホントにどうしようもないときはダメで元々で使ってみようとは思っているけれど」
「うぅん、出来ればそれも……」
「それすら否定は、流石にアナタにする権利はないわね。さっきは冗談で言ったけれど、無茶で謎で消耗する力を使う筆頭なんだから」
確かに、彼女からすればダメで元々の力な訳で、ここはどんなに強く言いつけても無駄だろう。自分が逆の立場だとして――たとえ強く反対されても、九死に一生を得るためならば強力な力に手を伸ばしてしまうだろうから。
そうなれば、自分にできることはただ一つ。エルを含め、仲間たちがどうしようもないほどの窮地に陥ることが無ければ良い。少なくとも、彼女の見える範囲では危険な状況を彼女に認識させないようにすべきだろう。
「……分かった。エルがその力を解放せずに済むように努力しよう」
「そんなことを言われると、アナタが余計に無茶しそうでイヤなのだけれど……まぁ、絶対に使って欲しくない、というのは留意しておくわ」
そう言いながら、エルは他の少女たちの方へと向かっていった。本当なら事情を話せれば楽なのだが。いわゆる、継承の儀式に該当するモノがその力の解放なのかもしれないのだぞと――だが、それを言うことは出来ないのだ。
思えば、もう随分と自分だけが抱える情報が増えすぎてしまったようにも思う。記憶喪失としてこの世界に転生してきたはずなのに、気が付けばこの世界における多くの暗部を知り、少女たちよりも確信に近い場所に居るのだから皮肉なものだ。
同時に、今回のエルの件で、少女たちの気持ちも良く分かった。危険な力、得体の知れない力を仲間に使われるかもしれないというのはこんな気持ちになるものか。もちろん、ADAMsは危険な技ではあるモノの、レッドタイガーのおかげで負荷は軽減できているし、そもそもかつての自分が使っていたものだから、精神を消耗するような危険さは無いのだが。
ただ、少女たちはそんなことを知らないのだし、これもまた言うこともできない自分だけの秘密だ――ダメだな、また思考が迷路にはまってしまった感じがする――などと考えていると、ソフィアが心配そうな表情で自分の顔を覗き込んでいるのが見えた。
「アランさん、大丈夫? 難しい顔をしてるけど……」
「あぁ、大丈夫。ソフィア、すまなかったな」
「えっ? 何かアランさん謝るようなことしたっけ……いや、してたかも……何せアランさんだし……」
自分の急な謝罪に対して、ソフィアも自分と同じように難しい表情をし始めてしまったのだった。




