7-40:武神の力 上
賢人十三人集の部屋まで案内してくれたエルフが、今度は寝所まで案内をしてくれた。エルフ曰く、異邦人が来ることを想定していない世界樹は宿というものが無いらしい――この辺りはガングヘイムと一緒だった。
案内された寝所は、世界樹の幹の中、ツタワタリという植物性蜘蛛の乗り場の近くだった。荷物を置いて一息つくと、既に日も傾き始めており、アランを誘って少し降り、エルフの飲食店で食事を摂ってくることにした。
食事中は、ナナコとソフィアはいつも通りの印象だった。クラウは少し影があって口数も少なかった。連れ去られた友人のことを気にかけているのか、それともハイエルフたちがやや辛辣な調子だったのが気になるのか――恐らく両方だが、やや後者に比重があると言ったところな様に思う。
そして、ハイエルフたちの的になっていたアラン・スミスは、悪辣な態度をとられたことなどどこ吹く風と言った様子だった。そして、ちょうど食事から寝所に戻ったタイミングで、そんな彼に廊下で呼び止められた。
「エル、ナナコがエルフたちに連れ去られないか注意しておいてほしいんだ」
「それは構わないけれど……それにしても、アナタはどこに行っても嫌われているわね?」
自分の言葉に対して、アランはバツが悪そうに俯き、後ろ髪を右手でくしゃっと掴んだ。
「まぁ、勇者の割には口が良くないからかな?」
「えぇ、そうね。それどころか態度も目つきも悪いから、致し方ないのかも?」
「あ、あのなぁ……」
「冗談よ、半分はね。アナタが不思議なのは、今に始まったことではないけれど……どうにも神話の時代に生きた人々は、アナタを知っているように思うのよね」
それが率直な感想だった。ダン、すなわちヴァルカン神然り、此度のハイエルフたち然り、彼らはみなアラン・スミスとは初対面ではないような対応を取る。
それも、どちらかと言えばネガティブな方面で――ダンとは最終的には和解していたように見えたが、それは二人の性質が近いためだろう。対して今回のハイエルフたちとの和解は不可能そうに見えた。
そんな自分の感想に対し、アランは俯いたままで首を横に振った。
「いやぁ、偶然だろう。それこそダンの言葉を借りるなら、俺は邪神ティグリスに似ているらしいからな」
「まぁ、それはダンも冗談って言ってたけれど、火のない所に煙は立たないから……あながち似ているというのも嘘でもないのかもしれないわね」
「ふぅ……クラウにも疑われたよ。エルも俺のことを疑っているのか?」
「そうね。でも私がアナタを疑っているのは今に始まったことじゃないし?」
「はは……それもそうか」
自分の口調が冗談めかしていたせいか、アランはやっと顔をあげて口元に笑みを浮かべてくれる。
「一応、誤解無いように言っておくけれど、私はアナタのその胡散臭くていい加減な部分を常に疑っているのであって、仲間として疑っているわけではないわ……それなりに多くのことを隠しているとも思っているけれど、それは理由があってのことだと思うの。
だから、私は変に詮索する気は無い。いつか話せるようになったら話して頂戴」
これは、嘘偽らざる本心だ。もちろん、彼が隠し事をしていることに全面的に納得しているわけではないけれど、根が善良な彼のことだから話せないのは相応に事情があるのだと推察は出来るし――同時に、仮に創造神たちが彼を嫌っていたとしても、彼が道徳的に踏み外す様な人間でないことは自分は十二分に理解している。
もちろん、仮に創造神たちとアランが敵対するのなら、その時は自分がどうすべきなのかまでは結論は出ていないが――少なくとも、ゲンブ一派と言う共通の敵が居る間は、彼も神々もいがみ合いながらも手は取ってくれるだろう。
アラン・スミスは善良という見立て通り、こちらの言葉に暖かい笑みを浮かべて小さく会釈した。
「エル……ありがとう」
「それで、ナナコが連れ去られないようにしろと言うのは、ハイエルフたちがあの子をさらいにくると判断したってこと?」
「いや、その可能性は低いとは思っている。あの機械剣が無い状態のナナコは、まぁ剣の腕は凄いみたいだが、それでも強力な戦士という範囲内……高等な結界を吹き飛ばすほどの力は無いはずだ。
それなら、ハイエルフたちとしても絶対に拘束しなければならないほどの危険性はない。ただ、アイツらがナナコを置いて行けと言ったのは、万が一に備えて危険因子を確保しておきたいくらいの温度感だと思う」
「それなら警戒するほどかしら?」
「もしアイツらにナナコが捕まったら、結構えげつないことをされると思うんだよ……それで、こちらも万が一に備えたいって次第だな。俺も変な気配が近づいてきたら飛び出ていくが、殺気や速度がないと気付きにくいから……」
「成程、了解よ。ちなみに、他の皆には話しても?」
「もし避けられるなら、クラウには言わないでやってくれ。ハイエルフを疑ってかかるとなれば、あんまり良い気はしないだろうしな」
確かに、食事の時の調子を見る感じ、これ以上クラウに神々を疑わせてしまうようなことは言わないほうが良いだろう。それは同時に、アランへの疑惑ともなってしまう――彼女も仲間を疑ってしまうことにも心を傷めているようだから、自分一人で対処出来るなら変に巻き込まないほうが得策か。
「そうね。それなら、なるべく私だけで対処するようにするわ。ナナコに話すと変に気を使いそうだし、ソフィアは問題なさそうだけれど、話すところを見られたらなんだしね」
「それに、エルが一番遅くまで起きてると思ってな」
そう言う彼は、悪戯っぽく笑っている――この笑顔を見るたびに癪な気持ちになる。皮肉を言われているのに安心するような、胸が暖かくなるような――自分には可愛げが無いので癪な気持ちが先行してしまい、ついついいつものようにため息を返すことになってしまうのだが。
「はぁ……そういうことね……」
「いや、朝まで起きててくれとは言わないさ。ただ、起きている間に妙なことが起こらないか、それだけ警戒しててくれ」
「了解よ、任されたわ」
「あぁ、頼んだ」
二人で頷き合い、自分はナナコたちの待つ部屋へと向かった。その後は何事もなく夜も更けていき、三人の少女たちはいつの間にかベッドの上で寝息を立て始めていた。




