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7-35:クラウの疑念 中

「……そんなに、私は頼りになりませんか?」

「大切に想ってるよ」

「は、はぐらかして……!」

「失礼な、本気だぞ」

「もっと性質が悪いです!!」


 クラウは再び顔を赤くするほど声を荒げているが、調子は少し戻ってきたように見える。これなら、もう一押しで落ち着いてもらえるかもしれない。


「隠し事ばかりで都合が良いのも分かってるが、これだけは信じてほしい……俺はみんなのことは大切に想ってるし、同時にこの世界に生きる人々のことは守りたいと思っている。それだけは嘘でもない、本当のことだ。

 それに、いつかキチンと全部話すよ。俺の知っていること全部さ」

「……いつかって、いつですか?」

「そうだなぁ……世界が平和になったら、かな?」


 自分のいう世界平和というやつは、神々の――旧人類の争いが収まり、この星に生きる人々を利用する連中が居なくなったらという意味ではあるが。そうなれば話したって問題なくなるのは事実なはずだ。


 しかし冷静に考えれば、その時は彼女は自分のことを許してはくれないかもしれない。場合によっては、彼女の信じる神を倒す気でいる訳だから――ただまぁ、その時はその時だ。


 彼女の信仰を否定する気もなければ、七柱の行いを絶対悪として断ずる気持ちがある訳でもない。ただ自分は、自分が正しいと思ったことのため、勝手にやろうとしているだけで――少女が神の傀儡として一生を終えるよりは良いことだと自分は思っている、それだけなのだから。


 もちろん、それは自分の傲慢だ。だからその結果として彼女から恨まれるのなら、それはそれで仕方がないというものだ――そう思って一人頷いていると、クラウはジトっとした眼でこちらを見ていた。


「なんかいい感じにまとめた気になってるかもしれないですけど、私は全然納得してませんよ?」

「おっと」

「ふぅ……ただ、アラン君がテコでも動いてくれないのは分かりました。でも、一つだけ教えてください……私に言えない理由って何ですか?」

「君が解脱症に罹る」


 頑なに自分が話さないのはこれが理由だ。彼女の人間性が失われるのが何よりも恐ろしいから――自分から出た言葉に対し、クラウも息を吞むように緊張した面持ちになった。恐らくだが、自分と同様に、サンシラウの村でうわ言を繰り返すジャンヌのことを思い出しているのだろう。


「適当なことを言ってるわけじゃないんですよね……」

「あぁ、流石にこういうことで冗談は言わないさ」

「でも、解脱症になるメカニズムなんか、分かってはいませんよね? 一応、学院や教会、貴族の人ほどなりやすく、それはアラン君のいうような事情を知ってしまったからかもしれませんが……それでも断言しますか?」

「あぁ、する。そのうえで、俺がクラウに話せないことはそれだけ重大なことだと認識してくれれば助かる……クラウも賢いから、それとなく色々知ろうとすれば分かることもあるかもしれないが、知るだけでも危険だ。だから、時が来るまでは下手に詮索もしないほうが良い」

「うぅ……そんなこと言われたらメッチャ気になりますし、色々と邪推しちゃいますけど……ただ、アラン君が話せないのは分かりました。むしろ、言いたくても言えなかったんですね」

「そういうことだ。理解してもらえて助かる」


 邪推されるだけでも本来は危険だが、クラウなら大丈夫だろう。精々、俺のことをティグリスの化身で、なぜレムが自分を蘇らせたかなどは考えるかもしれないが、ルーナやレムのことを否定的には考えないはずだ――彼女はそうやって生きてきたから。


 七柱が正しいことは太陽が東から昇るくらい当たり前のことである彼女は、七柱が悪いことをしているなどと想像だにしないだろう。そう考えれば、やはりソフィアの方が危険だ――彼女は非常に頭が切れるから。どうにか上手く欺いてくれているようだが、それを神々に悟らせないように自分もソフィアも上手く立ち回る必要があるだろう。


 今にして思えば、シンイチがソフィアを追放してくれたのは不幸中の幸いだったのかもしれない。ガングヘイムやこれから行く世界樹など、この世界の機構の裏側を彼女が見ていたら、もっと早く真理に到達し――ジャンヌの解脱症を見ないまま、少女はその人間性を喪失していた可能性があるのだから。


 ともかく、今はクラウだ。流石に解脱症になると言われれば納得をせざるを得なかったのか、先ほどの興奮した調子はなりを潜めたが、それでもまだ煮え切らない表情をしている。


「でもやっぱり、納得しきらないです。どうしてアラン君だけ、そんな重いモノを背負ってるんですか? それに、アガタさんも……」


 クラウは独り言のようにそうごちて、再び濁った川へ視線を落とし、しばらく押し黙ってしまう。なんとか元気づけてやりたい気持ちはあるが、もうこれ以上のフォローは自分の方から入れようもないぞ――そう悩んでいると、クラウは低い声で話始める。


「ごめんなさい、心配で声を掛けに来てくれたのは分かってます。でも、今は少し……一人で考えたいです」

「……あぁ、分かった」


 一人にさせてしまえば余計に変な邪推をしてしまうかもしれないが、きっと自分が側に居てもそれは変わらない――むしろ、話せない理由は分かっても、余計にことの重大さを際立たせるだけで、それを共有してもらえないことのもどかしさを自分が近くにいると余計に感じてしまうだろう。


 常に周囲に気を配り、メンバーの心の機微に敏感なクラウだが、今としてはその気を使う彼女の性質が裏目に出ているといったところか――ともかく、こういったことはある程度は時間が流れるままに任せるしかないだろう。

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