7-31:世界樹への旅路 上
サバナ気候の草原を数日進むと、また段々と気温が上がって来るのと同時に湿度も増してき――それにあわせて、周囲に生息する植物も段々と温帯、熱帯の物へと変化していった。
何より、晴れた日には遠景に伸びる一本の柱のようなモノが徐々に近づいてくるのが印象的だった。以前にも、海と月の塔という天を衝く塔を見たのだが、今度のモノもそれに近い――それは宇宙まで伸びるほどの高さではないものの、代わりに太く、同時に大きく枝葉を伸ばしているので、その存在感は海都で見た蒼の塔よりも更に上と言える。
「……アレが世界樹か?」
「うん。私も初めて見たからあまり偉そうなことは言えないけれど……女神レアが育てた、大きく高く天まで伸びた一本の苗木。熱帯雨林の中央にそびえたつあの巨木こそが、エルフたちの住む世界樹ユグドラシルだね」
「へぇ……しかしこんな暑い所で生活しているなら、エルフってのは存外色黒なのか?」
エルフというと、色白というイメージがある――以前見たT3は病的に白かったと記憶しているが、なんだかこんな熱帯に居て肌が白いのも違和感がある。自分の質問に対しては、先ほど答えたソフィアに変わり、今度はクラウが口を開いた。
「それはどうでしょう、エルフの中にも色々と種族があると聞きますし、中には褐色肌の方も見たことはありますが……とはいえ、見てきたエルフの多くは色白だったと思います」
「ふぅん。エルフはエルフでも色々種類が居るのか?」
「はい。森にすむ通常のエルフの他に、褐色肌のダークエルフや、レムリアの民との間に生まれたハーフエルフなども居ますが……一番の区別は、ハイエルフかそれ以外か、と言ったところでしょうか」
「ハイエルフ……偉そうな名前だな」
前世のファンタジー的な知識の中にハイエルフなんて名前もあったような気がするが、まさかこの世界にも存在しているとは思わなかった。それくらい何の気なしに呟いたのだが、クラウは「もう!」と叫び、すぐに人差し指を立てた。
「偉そうなんじゃなくて実際偉いんですよ! ハイエルフは大地の神であるレアを筆頭として、この星に神々が移り住んできたときに七柱の創造神に追従した者たちであると聞きます。そのため、女神レアやその他の七柱に近い神格を持つ、由緒正しき存在なのです」
「なるほどね」
言われるまでは疑問に思っていた訳ではないが、クラウに説明されると同時に一つの仮説が自分の中に浮上した。それは、七柱以外のDAPAの職員たちが恐らくハイエルフとしてこの星に生き延びている、というものだ。
冷静に考えれば、この星に来るのに七人ではきつかったはずだ。もちろん、コンピューターや他のアンドロイド達の助力があれば不可能でも無かったのだろうが、元々組織として存在していたDAPAがたったの七人ぽっちになってしまったというのも違和感がある。
そこで、残りの職員たちはハイエルフとしてこの世界に残り続けていると考えれば疑問は払しょくできる。もしかすると一部の職員はドワーフになっていたのかもしれないし、また別のモノに扮していたり、眠り続けていたりするのかもしれないが――七柱というのは特に彼らの代表者というのであって、旧世界からの生き残りはまだ複数人いるのかもしれない。
もっとも、これらは自分の推測であって、ハイエルフとやらはただ単にレアが最初に作ったエルフというだけなのかもしれないし、真相はレア本人にでも聞いてみなければ分からないだろう。
「……しかし、なんだか世界樹の上の方、違和感がないか?」
そう、先ほどから眺め見ている巨木の先端が、なんだか妙にアンバランスになっているように見える。クラウも目を細めて自分が見ている先を注視したようだが、恐らく見えなかったのだろう、ため息を吐きながら首を振った。
「アラン君基準で話題を振らないでくださいよ。まだまだ距離があるのに、そんな正確に視認できるわけないじゃないですか」
「……私も、ちょっと違和感がありますねぇ」
いつの間にかナナコが横に並び、目を細めながら世界樹を見つめていた。
「お、ナナコには見えるか?」
「はい。所々枝葉が剥げて、なんならちょっと煙も上がっているような……」
「おいおい、まさかの火事か? 穏やかじゃないな……」
ここから見えるほどの火事ならば、結構な規模の火事なのかもしれない――そう思うのといやな予感が脳裏に走るのと同時に、ソフィアもハッとした表情になってこちらを見上げてきた。
「……アランさん、もしかしたら!?」
「あぁ、まさかゲンブたちに襲撃されたのか!?」
それなら、一刻でも早く世界樹に駆け付けなければ。走り始めようとするのと同時に誰かに肩を掴まれる。振り返ってみると、エルが自分の肩を掴んでいた。
「ちょっと落ち着きなさい。走ってすらどれくらいかかる距離だと思っているの? 世界樹が巨大だからここからでも見えるだけで、まだ徒歩にしたら数日掛かる距離でしょう」
「いや、しかし……」
「ちなみに、アナタだけ加速していくっていうのは無しよ? 噂の変身とやらをすれば十分の間、それを瞬間移動と見紛う速度で進めるのだから、アナタだけは確かにすぐにたどり着けるかもしれないけれど……一人で行かせて無茶させるわけには行かないわ」
言われるまで普通に走り始めようとしていたのだが、確かにADAMsを使えば自分だけならすぐに到着できるだろう。とはいえ、自分だけ向かったとすると少女たちとはぐれてしまう可能性もあるし――この場に待ってもらうとしてもこのだだっ広い平原の中に戻ってこれる確証はない。
何より、エルが加速装置を使うことを仄めかしたせいか、ソフィアも真摯な表情でこちらを見ている。その眼が行かないでほしいと強く訴えかけているので、さすがに自分だけ行くとも言い難い――そんな風に思っていると、クラウが瞳の上に手を添え、目を凝らしながら口を開く。
「それに、煙が上がっている程度なら……やっぱり、私には全然見えませんが……もう襲撃は終わってしまったんじゃないでしょうか? もちろん、素早く到着するに越したことはないでしょうから、急いでいくこと自体には賛成ですけれど」
「うぅん、そうだな……エル、どれくらいの距離になりそうか分かるか?」
尋ねると、エルは地図を取り出して視線を落とす。そして周囲を見渡し――恐らく地図上の目印になるような所を探しているのだろう、周囲にある山の様子などを一通り見てから再び地図に視線を戻した。
「普通に歩いて行ったら、まだ一週間って距離ね。ただ、急いでいけば二、三日は縮められるでしょう」
「ただ、世界樹を取り囲むジャングルがあるから、踏破するのが厳しいかも……」
エルが言葉を切った瞬間、ソフィアがぽつりとつぶやく。実際ソフィアの言う通り、熱帯雨林を超えるのは楽ではなさそうだ。森を歩くのも大変な上、前世的な感覚から言っても熱帯雨林には危険な生物が多い――原生生物が巨大化している惑星レムでは、ただでさえ危険なジャングルの踏破はより危険なものになるだろう。
「……そうなると、結局差し引き一週間って所か」
「そうですね……とはいえ、あそこで野宿も大変そうですが……」
クラウが指さした方向には、辺り一面の緑、それも草木でなく多い茂った森が広がっている。確かに、そもそも熱帯雨林で野宿など出来ないかもしれない。あの中を知り尽くしている者が――せめて少しでも安全な道を知る者が居るのなら別だろうが、そもそも道順が分からなければあの森の中で右往左往する危険性すらある。
「それじゃあ、急がば回れだよ。当初の予定通りに川のある所まで下って、ジャングルに近づいて船着き場まで行こう。そうすれば、エルフに世界樹まで案内してもらえるはずだから……クラウさんの言う通り、もう襲撃は終わってるんだと思う。レア神の安否や、世界樹に住むエルフたちも心配だけれど、急ぎつつ慎重に進んでいこう?」
「……あぁ、そうだな」
ソフィアの提案に頷きつつ、改めて遥かに臨む世界樹を見つめる――アレをやったのがゲンブたちであるのなら、やはり彼らと手を組むことは憚られる。勝つために手段は選ばないのも一つの正解であるのだろうし、七柱とこの星に眠る第五世代型アンドロイドを一斉に敵に回すのなら綺麗ごとを言っていられない部分もあるのも納得は出来るが、それでもあの大木にも罪のない多くのエルフたちが住んで居るはずなのだ。
もちろん、何か別の理由で煙が上がっているだけかもしれないが――ともかく、見晴台を下って道を急ぐことにする。その後は一日多めに行軍し、そのまま翌々日の午前にはエルフの船着き場へと到着することができた。




