7-28:草原での雑談 上
グレンたちの根城を離れて南大陸を更に西へと進む。数日もすると渓谷を抜けると視界が拓け、どこまでも続く草原が広がる景色に変わった。川を降っていけばそのまま目的地である世界樹付近までたどり着けるらしいのだが、まだ道は遠いようだ。
現状、気温はレムリア大陸にいる頃よりは大分高いものの、砂漠ほど日差しが強い訳でもなく、同時に多湿というほどでもない。そのため、エルたちも以前のようにダウンせず、元気に活動している――ちょうど今など魔獣たちを倒している所だ。
「いやぁ、今日も平和ですねぇ」
「そうだな……いやそうか?」
ナナコは自分の隣でのほほんとしているが、戦闘が行われているのに平和もないだろう。ただ、ガングヘイムを発ってから何度も見た光景ではあるので、魔獣との戦闘が常態化しており、もはや魔獣と少女たちとの戦闘が日常の風景と感じてしまう気持ちは分からなくもない。
「いや、アランさんの言うことも分かりますよ? とはいえ、お三人方がとっても強いですし、アランさんがしっかり敵の気配を察知してますから、強襲されることもありませんし……うぐ、そう考えると私って本当に何にもしてないなぁ……」
ナナコはその背丈に対してアンバランスな大荷物を背負いながらぐったりとうなだれた。
「いや、山盛りの荷物を持ってもらってるから大分ありがたいんだがなぁ」
「そうは言いますが、他の方と比べたら格段に危ないことはありませんし、実際にこれくらいは軽い物です。私からしてみるとたいしたことはしてないんですよねぇ……多分、アランさんも同じだと思いますよ?」
「うん? どういうことだ?」
「アランさんは索敵を本能的にできちゃうからたいしたことをしてないって思ってるかもしれませんが、実際はみんな大助かりというか。
たとえば、ここみたいに草の背が高い場所だと敵がどこに潜んでいるか分かりませんから、アランさんが居るだけでみんな神経を大分すり減らさないで進めますし」
「なるほど、自分ではたいしたことないと思ってることが、意外と周りには役に立ってるってことだな」
「そうそう! 私が言いたいのはそういうことです! いやぁ、私たちって意外と似た者同士かも……」
ナナコは嬉しそうにぴょんぴょんしながら髪を跳ねさせていたが、途中でハッとした表情になり口元を両手でふさいだ。
「おっと、私はアランさんとはあんまり仲良くしちゃいけないんでした!」
「え、俺と友好関係を結ぶのに誰かの許可がいるの?」
「あ、えと、そのぉ……別に誰かの許可とかないですよ!? 自分の意志です!」
「えぇ……? 自分の意志で仲良くしちゃいけないとか思われているのは、それはそれでショックなんだが?」
「え、えとえとえと! 私としてもアランさんと仲良くしたい気持ちはあるのですが、ちょっと優先順位があると言いますか……!」
口元を抑えていた手を離し、ナナコはぶんぶんと振りだした。そこでちょうど戦闘が終わったようで、エルたちが草原の奥から引き上げてきた。
「おつ……」
「皆さん、お疲れ様でした!!」
元気な声でナナコが労いの言葉を掛けたので、自分の労いの言葉は声量で押し負けてしまった。とくにナナコはレバーを操作して魔術弾を排莢しているソフィアの方へと向かって行った。
「わっ……ナナコ?」
「ソフィア、お疲れ様!」
「……うん、ありがとうナナコ」
こちらからだとナナコの髪と荷物でソフィアの表情は見えないが、声はかなり柔らかかった。
「……文字通り、雨降って地固まるってやつかしらね」
エルが自分の横に並び、微笑みながら少女二人の方を眺めている。エルの言う通り、先日の雨の日にナナコがソフィアを救った後から、二人の距離感は近づいたように見える。
「そうですねぇ、アラン君が気絶してたおかげでしょうか?」
エルの反対側、自分を挟むようにクラウが並んだ。それに対し、エルはため息を吐きながら眉間に指を当てた。
「あのねぇクラウ……そもそもコイツが気絶して無ければ、危険もなかったでしょうに」
「それは確かに……でもまぁ、ソフィアちゃんはピリピリしているより笑っていてほしいですし、ナナコちゃんも悪い子じゃありませんから……二人の距離が縮まって良かったです」
確かに、クラウの言う通りだ。自分もあの二人が打ち解けてくれて良かったと思う。しかしはて、自分は何故に気絶などしていたのだろうか――その原因を思い出していると――。
「口の中にあの味が戻ってきた……」
「あ、あはは……料理に対するやる気は買いますけど、しばらくあの子に料理をやらせるのはやめておきましょうか……」
普段は悪ふざけをするクラウも流石にこちらのトラウマを変にほじくり返すのはマズいと思ったのか、なんだかいつも以上に優しかった。




