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7-22:携行式弓型波動砲エルヴンボウ 下


 ◆


 山稜を超える程の遥かなる世界樹の頂、鬱蒼と生い茂る枝葉の中央に、白い円形の祭壇が浮かんでいる。


 レアの私室よりさらに数百メートルは上部に位置するそこにたどり着くには、直進が出来ないため少し時間が掛かってしまった。下ではなお爆発音が響いており、未だテレジア・エンデ・レムリアの姿形をしたスザクとやらが暴れまわっているようで――ともかく、急いだほうが良いだろう。


 祭壇の中央は薄い膜に覆われており、闇夜の中でも輝きを放つ弓が鎮座している。本来、その膜は資格なき者を弾く結界の役割をしているはずなのだが、レアが自分の遺伝子情報を認証してくれている今なら、手を伸ばすことが出来るはずだ。


「……本来なら、エルフの神域である世界樹と、その長であるレアを護るために製造された神器……神に仇なすものの手に渡るとは、とんだ皮肉だが……」


 祭壇に近寄って、光の膜に触れると指は簡単にその奥へと入っていき――。


「もう一度わが手に収まるか! 精霊弓エルヴンボウ!!」


 手を伸ばし、光輝く弓を強く握り、腕を膜から引き抜いて取ってすぐに踵を返す。そして奥歯を噛んで加速装置を起動し、一気に宵闇の中に身を投げる。加速した神経に対して、身体の落下がゆっくりとなり――この体感時間なら、空中を暴れまわる火喰い鳥に対して容易に狙いを付けることが出来る。


 精霊弓エルヴンボウは三百年前の魔王征伐の際に一度は自分が使っていた弓であり、光の矢を放つ神器と言われているが――今にして思えばレアが言っていた通り、ただの光学兵器の一種である。


 しかし、引き金を引いて光線を打ち出すブラスターの類とは違い、エルヴンボウは弓ならではの繊細さと威力を兼ね揃えている。弦を引き続けるほど光線の威力は増し、その気になれば同時に二発、三発と装填して発射することもでき、照射口を切り替えて拡散する矢を放つことも可能だ。


 加速した時の中で弦を弾き、出力を抑えながら数射、女の体を狙って矢を放つ――狙ったと言ってもまずはあの炎の壁を貫通できるかの確認だ。実体のないプラズマ状の矢は炎の壁に遮られることなく貫通し、女の髪を掠めた。


『……やはり、この腕では微調整が効きにくいな』

『聞こえてますよ、T3。腕の調整に関しては文句を言わないでください』


 むしろ、聞こえるように言ったのだが――機械の腕になって久しく弓を引いていなかったせいもあり、生身の時と比べて狙いが甘くなってしまっている。元々は弓が得意だったのに近接武器である手斧に切り替えたのは、単純に矢よりも早く動けるこの身で弓を使うメリットが無かったからだが、こんなことになるのなら少しは弓も引いておくのだった。


 しかし、科学的な知識がない時には光を放つ矢ということで、この手にあるのは紛うことなき神器と思っていたものだが、種が割れれば厳かな気持ちも無くなるモノだ。だが、これが強力な弓であることには違いない。


『……何、すぐに取り戻すさ』


 そう言いながらもう一発、今度は相手の脇腹を目掛けて矢を放つ。今度は予想通りの場所を光が通り過ぎていった――落下途中にある枝を蹴って一気に下降し、ゆっくりと進む炎の鞭を避けて着地し姿勢を取っている黒装束の近くに降り立ち加速を切った。


「苦戦しているようだな、ホークウィンド」

「……女子供の相手はどうも苦手だ」

 

 ホークウィンドは頭巾の奥に潜む瞳でこちらを面目なさそうに見た。とは言っても、この男が全力を出せばどうにかなったようにも思う――空を飛ばれると生け捕りが難しいというのが本音だろう。


 一方、光の矢が掠めた影響で、テレジア・エンデ・レムリアは体制を崩し、忌々し気にこちらを見つめていた。


「みんな……みんな私の邪魔ばかりして!! みんなみんなみんな!! 死んでしまえばいいんだ!!」


 ヒステリックな叫び声と共に、女は魔剣の切っ先を天に向けて衝く――すると、彼女の身体を中心に、巨大な火柱が立ち昇り始めた。憎悪と怒りにまみれた灼熱の炎は、彼女の感情に比例して徐々にその大きさを増しているようだった。


「ぬぅ、アレは!?」

「知っているのかホークウィンド」

「あぁ……あれはグロリア・アシモフの奥の手だ。撃たれれば世界樹もただではすまないだろう」


 言われずとも尋常でないことは分かり切っているが――恐らくはあの炎を一気にぶつけてくるという技なのだろう。範囲によっては自分やホークウィンドの離脱も難しいし、仮に離脱できたとしても世界樹に住まう多くの命が失われることになる。


「成程……では撃たれる前に止めなければな」


 奥歯を噛んで空中を飛び回る炎の鳥を見つめる――炎の膜の向こうでは相手に狙いをつけるのも容易ではないが、加速した時の中なら時間的な余裕は生まれる――赤く燃え滾る壁の隙間に目を凝らし、なんとか獄炎に身を隠す亜麻色の髪を探そうと試みる。


 しかし、向こうも考えているのだろう。本能的なものかもしれないが、自分が立っていた場所からは見えないように死角をついて移動しているようだ。それならばとこちらも高速で移動を続け、炎の壁で身をくらませている鳥を探し続ける。


 そして、僅かな隙間に一瞬だけそのシルエットを見つける。あの速度なら急な旋回は出来ないはず。移動先を読んで弦を弾き、威力を絞って一本の矢を――一射だけで十分だ――放つ。


 同時に加速を解くと、世界樹に渦巻いていた炎の壁一気には晴れ、小さな呻き声と共に女の体が落下を始めた。矢は女の脇腹を掠め、そこから流れる血が闇夜に赤い流線を描く。


 いかん、気を失わせてしまったか。このまま落下すればただではすまないか――世界樹から百メートルは離れたあの距離を受け止めるのは自分にも厳しい。ADAMsは蹴れる物質がないと効果を発揮しないからだ。


「グロリア!!」


 世界樹を破壊してまわった少女の名を呼ぶ声が、自分の立っている場所の下から響いた。少し安全な場所へ移動していたのだろう、レアの声だったが――その声に反応したのか、落下するテレジアの眼が大きく見開かれ、声のしたほうへと視線を向けた。


「……ファラ・アシモフぅぅううううううう!!」


 テレジアの身体は空中で姿勢を戻し、また炎の片翼を背から伸ばし、一気に声のしたほうへと飛び出した。


「……いかん!」


 ホークウィンドの声が聞こえ終わるのとほとんど同時に、自分は加速装置を起動して移動を始める。上手く位置を取れば、レアに接近するグロリアを弓で阻害できるはずだ。


 しかし、その必要は無かった。すでにテレジア・エンデ・レムリアはレアの元へとたどり着いており――しかし、炎を纏って伸ばした手は、レアの張っている結界に阻まれていた。


 そして、自分がその必要は無かったと判断したのは、単にレアが自衛に成功していたからだけではない――彼女たちの姿が自分の視界に入ったのが、薄紫色の髪の少女がテレジアの背後へと忍び寄り、手刀で首の後ろを叩いて気絶させる瞬間だったからだ。


「はぁ……はぁ……ぜぇ……ぜぇ……まったく、テレサ様、おいたが……過ぎますよ……」


 気絶して倒れるテレジアの側で、アガタ・ペトラルカは膝に手を置きながら息を荒げていた。要するに、この長大な世界樹を走って昇ってきたということなのだろうが、何と無しに間が抜けた雰囲気になっており、先ほどの緊迫感が嘘かのようになっている。


 だが、アガタ・ペトラルカが来たとなれば警戒はしなければならない。テレジアを止めたのは、七柱の身の危険を護るためだろう。自分が姿を現せば、またすぐに戦闘になるかもしれない。


「アガタ・ペトラルカ。引くがいい……貴様では私に勝てん」


 小柄に似合わぬ巨大なこん棒を持つ聖職者に弓の狙いを定め、枝の上から声を掛ける。すると、アガタは大きく息を吸って吐き、呼吸を整えた後、こん棒の先端をドン、と木の床の上に押し付けて両腕を挙げた。


「えぇ、まったくもって癪極まりますが、音速を超えるファックな輩には太刀打ちできません……ですが同時に、私はアナタとことを構えるためにこの大木を全力疾走してきたわけではありませんよ、アルフレッド・セオメイル」

「何を言っている?」

「つまり、こういうことです……私は、アナタ達の元に最後の四神を届けに来たのですよ……友好の意志を示すためにね」


 アガタは一度そこで言葉を切り、腕を下げて後ろで唖然としているエルフの老婆の方へと振り返った。


「レア様。レムからの言伝です。私とアナタはゲンブ……チェン・ジュンダー達と手を組みましょう……と」

 

 最初、自分にもアガタ・ペトラルカが何を言っているのか理解できなかった。それはレアも同様のようで、少女に差し出された手をぽかんとした表情で見つめていた。

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