7-20:最後の四神 下
「お前……ファラ・アシモフをどこへやったの!?」
「貴様の相手は私だ……聞き分けのない小娘の躾をしてやる」
「お前は、T3……シンイチさんの仇……ファラ……うぁぁああああああああ!!」
斧を投げて空いた手で手招きをすると、テレジア・エンデ・レムリアは遠方からこちらを見つめ――自身の中にある二つの殺意をどう発散すればいいのか困惑しているかのように頭を手で押さえながら振り、そして悲鳴をあげながら魔剣に炎を螺旋状に纏わせえた。
「死ねぇえええええええええええええ!!」
テレジア・エンデ・レムリアが魔剣を振りかぶるのに合わせ、鞭状の焔がしなりこちらに襲い掛かる。木の枝を飛び移って躱したものの、元居た枝は――枝と言っても世界樹規格なので、優に直径で一メートルは超える太さがあるのだが――いとも簡単に切断された。
反撃しようと移動しながら斧を投擲するが、やはり彼女の周りを覆う炎の壁に溶かされてしまう。どう対処したものか――考えているうちに、再びゲンブの声が頭に響きだす。
『しかし、何故今更になって……見たところ制御不能が出来ていない戦力を投下するとは。七柱は……アルファルドは一体何を考えているのでしょう? 私なら、グロリアの人格が全く出てこないようにしてから投下しますが……』
『私の知ったことか。本人に聞け』
『というか、何ならアシモフを倒す絶好のチャンスです。アナタは身を隠して誘導し、娘に母を討たせてはどうでしょう? 復讐も済んで彼女の気も晴れるでしょうし』
『それは許容できん。レアを殺すのは私だ』
けん制がてらに再び斧を投擲するが、やはり炎の壁の前に溶かされてしまう。仮に接近できたとしても、今のままでは攻撃を通すのは不可能――アレの壁を超えるには、物理攻撃より魔術的な――あの炎を超えるだけのエネルギーの照射が必要になるだろう。
『はぁ……それで先ほどレアを助けたというのですか? 更に、グロリアをどうするつもりですか? 飛行する敵は、ADAMsの最大の敵と言っていい。
それに、出来れば彼女も仲間に引き込みたいです……テレジア・エンデ・レムリアは素体としてグロリアに合っていないようなので、ひとまずあの腕だけでも回収したい』
『……そんな余裕があればだがな』
レアの身を救い出し、火の鳥を引き受けてしまったのはまったく自分の勝手なのだが――しかし、現状では防戦一方だ。テレジアの体を生け捕りにするどころか、本気で対処して自分の身すら守れるかどうか危うい。ADAMsを使えば容易に相手の攻撃は避けられるが、音速を超えるのに負荷が掛かるのは間違いないので、逃げ回っているだけではいずれこちらにも限界がくるからだ。
だが、自分が加速するのに負荷が掛かるように、相手も何某かの負荷が掛かっている可能性はある――その隙を狙えばなんとかなるかもしれない。
『ゲンブ、奴の能力は無限か?』
『結論から言えば有限です。電気などの分かりやすいエネルギーは使用しませんので、そう言う意味では無限に近いですが……パイロキネシスにも空中浮遊にも集中力を必要とするのに対し、精神力は戦う時間に比例して消耗しています。そういう意味では、時間稼ぎさえすればおのずと勝機も見えるかもしれませんが……』
『具体的にはどれくらいの時間を耐えればいい?』
『グロリア本人は継続して一時間は戦えました。不完全な人格投射で精神力は万全とは言えないでしょうが……』
『仮に三十分だとしても、このまま暴れられたら世界樹が持たんな』
そうなれば、やはりなんとか撃墜しなければならないか。そう思いながら炎を避けるため移動していると、自分の肩の辺りに長方形のモニターが浮かび上がり、自分を追従してくる――そこに写っているのはエルフの老婆、レアだった。
「……アルフレッド」
「T3だ……それで、何の用だ?」
「祭壇の封印を解きます。精霊弓を使ってください」
「なんだと? だが、もはや私に精霊の加護は……」
「生体チップを取り除いた今のアナタは、精霊魔法を授けることはできませんが……精霊弓の使用は可能です。厳かなのは名前だけで、その実態は携行式弓型波動砲……セーフティはアナタのDNAに合わせて外してあるので、問題なく使用できます」
「……良いのか?」
敵である自分に強力な兵器を手渡すことになるだけでなく、こちらに授けようとしているのは自身の娘を容易に殺傷できるほどの武器だ。それを渡すというのはどんな気持ちなのか――モニターを眺めていると、老婆は伏し目がちに首を振った。
「いいのです……あそこに居るのは一万年前の亡霊、私の娘は既に死んでいるのですから」
「……そうやって、貴様は過去から眼を背け続けるのだな」
レアの言葉に気持ちがカッとなり、思わずそう呟いてしまう。彼女がこの大地に生きる者たちのことを愛しているというのは、恐らく嘘ではない。まだこの森に自分が居た時に見たレア神は、慈愛に満ちたまがうことなき女神であったと思う。
しかしそれは、結局彼女の一面に過ぎない。女神にしてエルフの長であるレアではなく、彼女の持つファラ・アシモフという側面は、母親であるという事実から逃げ続けている――この大地に産み落とした者たちは愛せても、この女は自分が腹を痛めて産んだ子供だけは恐ろしいのだ。
そう思うと、思わず毒を吐かずには居られなかった。一方で全てを包み込むような愛情を見せていながら、たった一人だけから目を背けているという矛盾が我ながら許せなかったのか――いや、柄にもなくグロリアという少女に同情したのかもしれない。自分がグロリアの立場であったとすれば、きっとこの女のことを許せないと思ったから。
「……精霊弓は使わせてもらう……そしてあの鳥は堕とす。だが、命までは取らん。貴様には娘に対して謝罪させてやるまで、互いに生き延びてもらわなければならん」
自分の宣誓に対し、レアは眉をひそませるだけで押し黙ってしまった。代わりに、脳内に胡散臭い男の声が響きだす。
『その原理で言えば、アナタはテレジア・エンデ・レムリアに謝罪をしないといけませんよ? 何せ、愛する者を奪ったのですから』
『謝って済む様な問題ではない』
『それなら、ファラ・アシモフも同様ですねぇ』
『良いんだ……私は親子の仲裁をしようと思っているのではない。七柱を出来る限り苦しめた上で殺してやろうと思っているだけなのだからな』
『ひぃ、趣味が悪い』
『貴様ほどではない』
『ははは、誉め言葉として受け取っておきますよ……それで? その精霊弓とはどこにあるのですか?』
ゲンブの言葉に、モニターから眼を放して上を見る――その先にはなお鬱蒼と茂る世界樹の葉で出来た巨大な屋根がある。
『世界樹の最上部……枝葉の上に浮かぶ祭壇、そこにエルフの秘宝である精霊弓エルヴンボウは封印されている』
『なるほど……アナタがそこにたどり着くまでは、彼に時間を稼いでもらいましょう』
まぁ、彼が片づけてしまうかもしれませんがね――そう付け足された瞬間、世界樹の下から何かが凄まじい勢いでほとんど垂直な木の幹を走って昇ってくるのが見えた。
こちらに近い高さまで来ると、駆けあがって来た巨体は幹を蹴ってこちらへと跳躍し、自分の隣へと並んで太い腕を組んだ。
「セイリュウ・ホークウィンド……推参!」
新たに現れた巨漢に驚いたのか、テレジアはしばし驚いたようにホークウィンドの方を見つめた。しかし、何か思うところがあったのか――すぐに目を細め、黒装束をじっと見つめだした。
「ホーク、ウィンド……忍者を自称する、変な男……」
「一万年の時を超えて覚えていてもらえて嬉しいぞ、グロリア……だが落ち着け。お主が振り上げた拳を下ろせば話は早い。私は無用な殺生は好まない……武器を収めてこちらへ来るんだ」
そうだ、元々仲間の彼が説得をするのが早いかもしれない。幸い、グロリアは姿形は変われどもニンジャとやらの技で旧知と理解してくれたようだ。テレジアの中に存在するグロリアという少女は黒装束を見つめ――だが、その視線が僅かにこちらを見た瞬間、また手を当てて頭を大きく振り出した。
「うぅ……T3……ホークウィンド……邪神の手先……!!」
どうやらテレジア・エンデ・レムリアとグロリアの意識が混在しているせいで、彼女は――正確には彼女らか――誰が敵か味方も判別出来なくなっているらしい。そして少女の様態を見て、ホークウィンドは小さくかぶりを振った。
「ダメか……T3、状況はゲンブから共有されている。この場は私に任せてお前は精霊弓とやらを取りに行くがいい」
「あぁ、任せた」
忍装束と共に頷き合い、自分は奥歯を噛んで世界樹の頂点を目指すべく移動を始めたのだった。




