7-19:最後の四神 上
姿を消した自分たちを探しているのだろう、テレジア・エンデ・レムリアは遠方の空で辺りを見回していた。そして自分たちが見つからずに癇癪でも起こしたのか、天を衝くほどの甲高い咆哮をあげながら炎を世界樹に向けて乱射しだした。
すぐに辺りから悲鳴が聞こえだす。テレジア・エンデ・レムリアの放つ炎に眠っていたエルフたちが文字通りあぶりだされたのだろう――何にしても、このままでは被害が広がる。そうなる前に奴を止めなければ。
(……私は何をやっているのだ?)
優先順位を考えれば、レアを殺害してこの場を離脱すれば良いだけだ。ファラ・アシモフはそのままレアというエルフの身体を三千年間使っており、他の七柱のように本体と依り代を分けていない。そのため、あの老婆さえ死ねば自分の目標は達せられるのだ。
先ほど自分でトドメを刺せなかったのはひとまず置いておくとしても、何ならレアに殺意を向けているテレジア・エンデ・レムリアに任せたって良いはずだ。
そんな中、わざわざ仇敵の身を救い出し、あまつさえテレジア・エンデ・レムリアの攻撃を止めようと――エルフたちの被害を抑えようなどと考えてしまっている。王都を襲撃した時にアラン・スミスが龍から人の子を救っていたが、アレに感化されたのか。
(……余分なことを考えるな。今はすべきことに集中するんだ)
頭を振って冷静さを取り戻し、改めて周囲を見回す。逃げ惑う人々の中の一部には弓を携えて迎撃に移る者も居るようだ。しかし、狙いが甘く多くははずれ、一部片翼の鳥に射線が合っている矢も彼女の放つ炎熱によって中空で燃え尽きていた。
確かに飛ぶ鳥を落とすなら、確かに斧よりも弓矢の方が良さそうだ。矢よりも早く動けるこの身ならば、弓を射る必要など無いと思っていたが――ともかく、付近にいる一人のエルフの隣まで移動する。
「な、何だお前……アルフレッド……?」
「……貸せ!」
こちらを見て驚きの表情を浮かべる一人の男から弓を強引に奪い、次いで矢筒も取って自分の肩にかける。そして加速装置を起動し、弓を引き矢を放ちながら移動し――スローモーションで飛んでいく矢を尻目に、テレジア・エンデ・レムリアの側面を狙える位置に一気に跳躍する。
計十二本の矢を打ち終えて加速を切ると、僅かな時間差で矢が扇情にテレジアへ向かって飛んでいく。正面にあたる八本は炎に焼かれたが、側面を取るように放たれた四本は炎の壁を掻い潜って行き――だが、うち二本は外れ、残り二本は鎧に弾かれてしまった。
しかし、鎧に弾かれたと言ってもロングボウの威力が強靭なおかげか、中空に浮かぶ乙女は呻き声をあげながらのけぞった。
「……あぁあああああ!!」
咆哮と共に、テレジアの周りに炎の渦が生じる。側面からの攻撃にも備えるためだろう、生半可な攻撃のせいで向こうに警戒させる隙を与えてしまったようだった。
『……この機械の腕では、繊細な調整が効きにくいな』
『言い訳ですか? アナタの望んだ改造だったはずですが』
『すぐに慣れる……しかし、あの能力は一体何なんだ? テレジア・エンデ・レムリアには魔術の素養はなかったはずだが……』
『……にわかに信じがたいですが……彼女はグロリア……グロリア・アシモフのようです』
空を飛ぶ女にどう対処したものかと考えているうちに、脳内にゲンブの声が響く。
『何を言っている? 奴はテレジア・エンデ・レムリアではないのか?』
『彼女の左腕を見てください……僅かにのぞく皮膚部分、あそこからグロリア・アシモフのDNAを検知しました。どうやら、腕を接合することで、私やホークウィンドのように人格の転写をしているよう。
ですが……人格の結合が不完全なようで、テレジア・エンデ・レムリアの人格と混同しているようではありますがね』
『成程、それで最初は私を狙っていた訳だな……それで? グロリア・アシモフとは何者だ? ファラ・アシモフと同じ姓ということは……』
『アナタの考えていることは、半分正解で半分間違いです。グロリア・アシモフはファラ・アシモフの一人娘ですが……同時に、最後の四神である朱雀……つまり、私たち旧政府軍の一員であった者です』
『……スザクとやらに関しては聞き覚えがあるな』
『えぇ、最後の作戦行動中に作行方不明になっていたのですが……彼女の類まれなる能力が永久に失われることを惜しんだのか、身体の一部を保管して残しておいたのでしょう』
なるほど、確かに飛行能力に炎を操る能力――詠唱せずに放出されているのを見るに、あれは魔術ではなく、魔王ブラッドベリのエネルギー衝撃波のような超能力の類だ。それらを同時に使えるとなれば、面も空間も制圧する能力は非常に高いと言える。それを有事の際に残しておいた、ということなのだろう。
『それで、あの超能力は……?』
『入手の経緯は別々だと聞いています。DAPAの一角、ARK社の超能力開発部門でパイロキネシスの能力を得て、飛行能力に関しては月のメガリスに触れて開眼したものだと』
ちなみに、魔剣ファイアブランドで不完全な能力を補っているようです、とゲンブの考察が続いた。
『つまり、ファラ・アシモフは我が子で人体実験をしていたということか……だが、グロリアとやらがレアを狙った理由は? もちろん人体実験などされていたのだ、母親に感謝する筋合いもないとは思うが……』
『それに関しては少々事情は複雑なのですが……端的に言えば私たちと同じ、復讐のためですよ』
『確かに、先ほど凄まじい殺意をレアに向けていたな……それも実の母親に対して。一体、グロリアとやらは何を失ったんだ?』
『……原初の虎ですよ。鳥かごに捕らえられていた彼女を救い、彼女に自由の空を与えたのは他でもない原初の虎だったのです。
旧世界において原初の虎を倒したのはファラ・アシモフではありません。が、グロリア・アシモフの燃え滾る殺意は、全てDAPAへと向いたのです。とくに自身に望まぬ能力開発を施し、その身を捕囚していた実の母親に対する恨みはかなり強い物でした』
『成程。自身が開発した強力な力に牙を向かれるとは、レアも皮肉だな』
『しかし、DAPAがそれだけ人道に反したことをしていた証拠です』
『私は、貴様らの所属していたという旧政府軍とやらのことも信用はしていないがな……原初の虎だって人体実験の産物だろうに。何なら、私は未だに貴様のことを信用してはいないぞ。同じ敵を討つために手を組んでいるだけに過ぎないのだからな』
『おっと、これは手厳しい……死にかけのアナタを拾って動けるようにまでしたのは私だというのに、よよよ……』
あまりにもわざとらし過ぎる泣きまねに、反論する気力すら失せてしまう。実際の所はそれなりに彼のことは信用はしているのだが、先ほど言ったことも嘘ではない――伝え聞く旧世界とやらの顛末だって嘘だとも思ってないが、DAPAも旧政府軍とやらも、互いが互いを滅ぼすために手段を選ばずにえげつないことをしていたことには変わりないのだ。
端的に言ってしまえば、自分達の戦いに大義などない。元々は人の身にあまる大いなる力を手に入れんと欲する欲深い者たちと、それを阻止するのに非人道的な行為に手を染めるのも躊躇のなかった連中の戦い――そして後者の残党に自分が加わり、今ここにあるのは復讐の炎だけなのだから。
『しかし、世界樹は思ったほどは燃えないのですね』
『あの中でエルフたちが生活しているからな。防火の結界が張られているし、何より世界樹は生きているのだ』
『なるほど、巨木をめぐる水分により、火が広がらないようになっているのですか』
『だが、このまま放置していては確かに世界樹を焼き尽くされるな……』
『……どうあっても、故郷は大切で?』
脳内に響く男の声を無視して身を潜めていた茂みから立ち上がり、外套の内側から手斧を取り出して上空に向けて放り投げる。斧は闇夜でアーチを描き、宙を浮かぶテレジア・エンデ・レムリアの元へと接近し――その身を包む灼熱の炎により手斧は溶かされたが、同時に向こうの意識をこちらへ向けることには成功したようだった。




