7-18:焔の片翼 下
「もはや、私がいなくても計画は進みます。そして、もう私は生きることも、考えることにも疲れてしまいました……同時に、もしアナタ達が残りの七柱を倒し、勝利するというのなら……それはそれで良いと思っているのですよ。せめてこの大地に生きる子供たちには、生き続けてほしいから」
「……全くの傲慢だ」
それは、ほとんど無意識に出た言葉だった。だが、事実でもあるだろう――自分たちを、この世界に生きる生物たちを自分たちの都合の良いように創り上げ、仕舞にはその命運に責任など持たず、お前らに任せると言い放ったようなものなのだから。
そして、レア自身も滅茶苦茶だということを自覚しているのだろう、僅かにこちらを向いたレアは、口元に皺を寄せて自虐的な笑みを浮かべていた。
「えぇ、そうね。そんな傲慢な者を殺めるのに、躊躇はいらないでしょう? さぁ……」
レアが再びこちらに背中を向け、夜空を見上げるように首を傾けた。そこまで言うのなら、躊躇することもない――仮にこれが罠であったとしても、これが良くできた擬態であるとしても、ひとまずこの首を落とさない理由はない。
そう思って右手に力を込めた瞬間、闇夜の中に一条の光が浮かび上がる――その光は凄まじい速度でこちらへと飛来してきていた。
「……アルフレッド、私の側に!」
レアが自分の体を抱き寄せ、すぐにテラスに向かって手を差し出す。向かってくる光を迎撃するように、その右手の先には七枚の結界が開かれた。
飛来してきた光の正体は、煌々と燃え盛る光線状の焔だった。レアの出した結界に焔が割かれ、部屋の内部を射焼き尽くす。灼熱の業火に燃える屋内に対し、テラス側の煙が段々と晴れてくる――遥かの夜空に、一つのシルエットが浮かんでいる。
それは人型であり――壮麗な鎧に身を包み、夜空の中でも輝く亜麻色の髪を棚引かせ、左腕に禍々しいオーラをまとわせている――。
「クラインリヒト……テレジア・エンデ・レムリア……!?」
レムリアの王女が何故こんなところにいるのか、そもそも何故空を飛んでいるのか――そして、何故その背中に燃える片翼の翼を広げているのか。全く事態が読み込めずただ名を呼ぶことしか出来ない自分に対し、テレジア・エンデ・レムリアは殺意に満ちた瞳でこちらを見つめていた。
「……T3、シンイチさんの、仇……死ね!!」
遥か彼方で名を呼ばれたのと同時に、右手に持つ炎の魔剣――アレはファイアブランドだ――再び業火がこちらに向けて放たれる。レアが再度結界を張って防いでくれるが、焔の勢いは弱まることなく、むしろ強まる一方だった。
「死ね……死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇぇええええええ!!」
怨嗟の籠った叫びに応じるように、焔の勢いは増していく。だが、いつまでもレアの結界が破れないせいだろう、テレジア・エンデ・レムリアは憎々し気にその整った顔を歪ませている。
「どうして邪魔をするんですか!? アナタは、レア様で……私達の味方……」
表情筋の動きにも違和感があるし、眼の焦点もイマイチ合っていないようだ――いや、徐々に焦点が合ってきたようだ。その瞳には既に自分の姿は無い様で、むしろ結界を張って立つエルフの老婆を見据えているようだった。
「いいえ、違う……アナタ、は……ファラ……アシモフ……私の、敵……!!」
「グロリア……!」
その名を呼んだ瞬間、レアの結界が弱まる――しかし、絞り出すような、悲痛に満ちた声だった。気が付けば奥歯を噛んで老婆の身体を抱き寄せ、僅かに残る焔の隙間を掻い潜って前へ出て、テラスから一気に跳んで別の枝へと移る。
枝の上に着地し、内部へと続く扉への中へ入って加速を解く――すぐに事態を理解したのだろう、腕の中の老婆は困惑したような表情でこちらを見つめてきた。
「……アルフレッド、何故? 何故私を助けたの?」
「勘違いするな……貴様を殺すのは私だからだ。そして……」
そう、これは自分の手で七柱を倒すため――急に横から出てきた者に獲物を盗られないためだ。レアを降ろして背中を向け、とたんに消えた自分たちを探しているテレジア・エンデ・レムリアを見据え――。
「もう一度言う。その名は捨てた……今の私は、貴様ら偽りの神々を滅ぼす爪牙、T3だ」
そして斧を持つ右手に力を込めた。




