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7-17:焔の片翼 上

『……もらった!!』


 エルフの長、レアの首に刃を押し込み、右手を振りぬける――だが、一瞬の違和感。レアの身体はエルフのそれであり、人間と同様にタンパク質と骨から成り立つ。ヒートホークの切れ味のせいで判断が遅れそうになるが――この振りぬけた感じの手ごたえは、生身のそれではない。


 視神経の限界が来て、一度加速を解く。部屋の状況を確認すると、正規の入口あたりにもう一体の天使が配備されており――背後から先に倒した三体の第五世代が崩れ落ちる音が鳴り響き、落ちた老婆の首からは血の代わりに放電するワイヤーが飛び出てきた。


 そして、レアの身体が歪み始め――正確には、その身体の周囲の空間が歪んでいるのだ。その現象が収まるとともに、ラバースーツに身を包んだ青年の姿へと変わった。


「……擬態!?」

「……もらった」


 こちらが驚いてる傍らで、どこか無機質な男の声が響き、ラバースーツの腕が自分の方へと伸びてくる。躱そうと身を引くが、そのままラバースーツは倒れ込むようにこちらの足を掴んできた。振り払おうとするが、握る手の力が非常に強く、足はうんとも寸とも動かなくなってしまい――入口の方に居る残りの一体が、こちらに向けてその透明の銃口を構える気配がした。


『くっ……!!』


 奥歯を噛んで再び加速し、右手のヒートホークを相手の銃を目掛けて投げる。相手がトリガーを引くより早くブラスターに斧が刺さり、加速した時の中でゆっくりと爆発を起こす――入口の辺りでスローモーションで爆発の衝撃波が巻き起こっている傍で、加速のギアを上げて自分の足にしがみついているラバースーツを振り払い、入口の方へと向かっていく。


 そしてブラスターの暴発で腕の吹き飛んだ天使の首に左手の斧を押し込み、そのまますり抜けて背中に一撃を浴びせる。再び加速を解くと、今しがた背中を割いた第五世代型アンドロイドがその場に崩れ落ち――テラスの付近には腕を振りほどかれ、無様に倒れ込んだままのラバースーツの青年の姿があった。


「レア様、お逃げ下さい」

「……まだ動けるのか」

「ぐっ……」


 部屋の中央へと戻り、擬態していた男性型の頭を踏みつけ、改めて室内を見回す。すると、テラス付近のカーテンの奥から長い髪の老婆が一人、ゆっくりとその姿を現す――今度こそ本物のレアだろう。

 

「待っていましたよ、アルフレッド……きっとそのうちアナタがくると思っていました。私の首を取りに来ると……アズラエル。アナタは抵抗は止めなさい」

「しかし、レア様……」

「これは命令です……アルフレッド、アナタもその子を見逃してあげてください。アンドロイドは主君の命令に絶対服従……もう、アナタに危害は及ぼしませんから」


 レアは倒れ伏すアズラエルとやらを憂い顔で見つめて後、顔をあげてこちらを見てきた。


「その名は捨てた……ともかく、いつ撤回するかも分からない命令など信じられんな」

「……ならば、撤回される前に、私を殺せばいい……そうでしょう?」


 エルフの老婆は、表情を動かさぬまま頷き――そしてゆっくりとテラスの方を向いた。


「……何故後ろを向く? 恐れているのか?」

「いいえ、違います……見られていてはやりにくいと思いまして」


 そう言われて、心に僅かに動揺が走る。もっと抵抗されると思っていたからだ。自分は、この時を待ち望んでいたというのに――心の内で、何度も何度も七柱の神々の脳髄に刃を突き立て、その心臓を抉ってきたというのに。


 そもそも、これは罠かもしれない。まだ、足元に転がるアズラエルとやらだって、復帰すればADAMsに対応してくるかもしれない――レア神はルーナやレムと同じく魔法の契約人であるので、その気になれば七聖結界だって起動できる。そうなれば、結界でその身を守っているうちに背後を突かれる可能性だってありうるのだ。


 いや、いずれにしても今更迷うことなどない――いやしかし――混乱する思考を読まれたのか、レアは僅かに振り返り、目を細めてこちらを見ていた。


「どうしたのですか? 早くなさい……それとも、見られていないせいで返ってやりにくいのでしょうか?」

「……そんなことはない」


 そう、自分は躊躇などしてはいられないのだ。これでは、仇を討つのに迷いを見せたエリザベート・フォン・ハインラインを笑えない――老婆の背後まで近づき、左手から右手に持ち替えた斧は結界によって弾かれることもなく、その細く骨ばった首元に触れ、その熱さに皮膚を焼いた――機械の擬態ではなく、生身の身体である証拠だ。


「そう、それでいいのです……」

「……最後に、一つだけ教えろ。何故貴様は何の抵抗も見せない?」

「それは……そうですね、強いてを言えば、疲れたから、でしょうか……」


 老婆はそう言うと改めて正面を向き、満点の夜空を見上げた。


「私は、ただアンドロイド心理学者として、アナタ達がどれだけ旧人類に近づけるのかを知りたかっただけ……そして、このレムリアの大地にアナタ達が産み落とされたことで、もう私自身の当初の目的は達したのです。それどころか……」


 レアは首を回し、こちらを見つめる 。その灰色の目には、暖かい輝きがある。いつかの日、自分が幼いころに感じた愛情――全てのエルフの母として、世界樹に生きる者たちに分け隔てなく接していたレア――ファラ・アシモフの偽りのない慈愛が、その瞳には込められているように感ぜられた。


「こんな風に言っても説得力もないと思いますが、私はこの星に生きる、生きとし生けるものを愛しています。愛おしい、私の子供たち……ただ同時に、アナタ達に破滅の運命を背負わせたのも、間違いなく私です」

「……罪滅ぼしに、命を差し出そうというのか?」

「それで許されるわけでないことは分かっています……ただ、思い出すの。今になって、一万年前のことを。仕事ばかりで、まったく愛情を注げなかった、あの子のことを……。

 あの子は、私を深く、深く憎んでいました……あの殺意、あの視線を思い返すだけで、身が焼かれるような想いがする……」


 そこでレアは言葉を切って、再び僅かに星が輝く空を見上げた。

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