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7-15:世界樹の夜 上

 辺りを覆うのは漆黒、風の強い宵闇の中、葉擦れの音のみが響き渡る夜は隠密するのに適した晩と言えるだろう。


 世界樹のたたずむ南大陸の南西部分は、深く広いジャングルに覆われている。自分は現在、世界樹の枝葉を昇っており――眼下の風に揺れる木々たちが、まるで荒ぶる黒い波間のように蠢いているのが見える。


「……ナナセ」


 思わず、彼女の名が口からこぼれる。ここに来るとイヤでも思い出してしまう。初めて彼女に会ったこの場所――ここは自分の故郷でもあるのだが、そのことは今の自分にとってはどうでも良い。ただ胸に去来するのは、彼女との思い出のみだ。


 恐らく彼女のことをより強く感じてしまうのは、セブンスが居なくなったせいだろう。セブンスの存在は自分の心をかき乱す――ナナセと同じ瞳の色の少女。しかし、ナナセとはまた別の存在でもある彼女との距離感は測りかねていたのが正直なところだ。


 セブンスに心を許すことはできなかった。それは、亡きナナセに誓った想いを否定する様で――セブンスと接することで、この三百年間の身を焦がす様な復讐の焔が燻ってしまうことが怖かった。同時に、あの子の存在が、幾分か自分の心のよりどころになっていたのもまた事実なのだ。


 居たら居たらで厄介なのに、居なくなればそれはそれで心をかき乱す――あぁ、ナナセ、どうか偽りの神々を倒すだけの強さを自分に与えてくれ――。


『……T3、おセンチしている暇はありませんよ?』


 人を小ばかにした声が脳内に響き渡り、一気に思考が現実に戻ってくる。袖に仕込んでいるワイヤーを上部の枝に巻きつけ、音をたてないように巻いて行く――目指すは、世界樹の頂上だ。


『私はセンチになどなってはいないぞ、ゲンブ』

『ふぅ……まぁ、そう言うことにしておきましょう。さて、作戦のおさらいです。今回のミッションは世界樹の頂上におわすレア神……すなわち、ファラ・アシモフの殺害です。

 道中の妨害に関しては、アナタの知り合いなどもいるかもしれませんし、相手も王都とガングヘイムの襲撃を経験していることから、天使どもの起動もされていると思われます……かなり危険な任務になりますね』

『どうということはない。奴を超えると決めたのなら、これくらいはこなさねばな……それに、世界樹の構造は十二分に理解している。エルフも天使も潜り抜けて、レアの元へとたどり着いて見せよう』


 原初の虎は数多の第五世代アンドロイドが跋扈する場所に忍び込み、要人の暗殺をこなしたという。アラン・スミスに対抗するのなら、言葉にした通りにレアの下までたどり着かねばなるまい。


『……アラン・スミスに対抗意識を燃やすのは勝手ですが、変にこだわってしくじらないでくださいよ?』

『無論だ』

『ふぅ……どうにも、アナタには邪念が多いように見えますからね』

『貴様が無駄な心配事を増やしているのだ、ゲンブ。ヴァルカン神を仕留め損ねた挙句、魔剣ミストルティンを奪われてしまったのだからな』

『おぉっと、藪蛇でした……しかし、アナタが本当に心配なのはセブンスなのでは?』

『……そろそろ通信を切るぞ』


 脳に響く不愉快な通信を一方的に切り、次の枝に移動する。図星を突かれる前に逃げたというのが正しいのだろうが――ともかく、ゲンブと会話したことで集中力も戻ってきた。この先は襲撃者に備えて更なる警戒がなされているだろうから、こちらも改めて気を引き締めて木登りを続けることにする。


 ある一定の高さ――世界樹の全長における三分の二程度まで着き、更に気を張って登ることにする。奴らが出てくるとするなら、そろそろのはずだ――周囲を見渡し、風の流れが不自然な箇所を探す。


 幸か不幸か、かつて狩りで培った観察眼や直感が役に立っているらしい。第五世代型アンドロイド――通称天使は、完全迷彩により視覚効果とありとあらゆる探知機は掻い潜るが、確かにそこに存在はする。だから、空気の流れや音の反響などによる微細な違和感を拾えれば、その存在は確認できる――数としては五体ほど、それが木の枝の上と世界樹の居住空間の窓から周囲を警戒しているのが確認できた。


 ゲンブが言うには、旧世界の天使と言えば背中に羽を持つ、まさしく天の御使いの姿として想像されていたらしい。自分にとっては、そちらの方が厄介だ――空を自由に飛び回られれば、そちらの方が手に負えない。地を這いつくばってくれてさえいれば、まだ対処法はある。


 しかし、派手な戦闘をしてしまえば自分の潜入がバレてしまう。また、ADAMsを使えばソニックブームで居所を知られてしまう――そのため、レアの元に着くまでは可能な限り戦闘を避け、進行上でどうしても必要な時だけ静かに撃破をしていく必要がある。


 マントについているフードを被り、ベルトを操作してこちらも迷彩を発動させる――熱と音波を遮断するだけの機構であり、天使や王都襲撃時に魔獣に積んだ完全迷彩ほど完璧に姿をくらませられるわけではないが――光の色彩ではなく、レーダーで世界を認識している天使相手にはこれで十分だ。


 もちろん、十分とは言ってもそれは距離をとれている間だけだ。奴らが確かに存在するように、自分も確かにこの場にいる――至近距離では音でバレてしまうだろう。そのため、巡回する天使どもに気付かれないだけの隙間を縫い、屋内にいるエルフたちに気付かれぬように昇っていかなければならない。


 天使どもが徘徊するルートを見定め、奴らの死角に入る様に枝葉の間を少しずつ昇っていく――ふと、世界樹中を張り巡らされているワイヤー杖のツタが眼に入った。


(……アレを使えれば楽なのだが)


 上下はもちろん、幅広く枝葉の広がる世界樹の移動には、通常ではあのワイヤーを使う――蜘蛛の巣ように張り巡らされているツタは、植物状の生物で移動するゴンドラであるツタワタリを利用する。


 世界樹で生活をしていた時には、アレで移動していたものだが――夜間で移動している本数は減っているが、今も魔晶石の明かりを室内で輝かせながらいくつのかのツタワタリが移動しているのが見えた。

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