1-26:神聖魔法について基礎知識 下
「オークを仕留める前に使っていたのが神聖魔法です。基本的には身体の強化と、結界を張るのが戦闘中のメインですね」
「成程……うん、結界? 魔獣を退ける物じゃないのか?」
こちらの疑問に対して、クラウは人差し指をち、ち、と振って見せた。
「それは、結界の一つの使い方です。結界の本質は、何かを弾く、なんですよ。聖職者の戦闘での主な役割は、敵の魔術の妨害です。魔術師同志の戦いだとディスペルも可能なんですが、後手で相手の魔術を打ち消さないといけないので、相手より数段格上でないと通用しません。
対して、神聖魔法の結界は、単純に魔術による損害を障壁によって防ぐことが出来ます。野戦の基本がパイクアンドショット、つまり大体は魔術の打ち合いなので、そのダメージを抑えるのが神聖魔法の一番の仕事です。ただ、魔術以外の物理攻撃などにも結界は有効です。なので……」
「……その子はそれを魔改造して、結界の斥力で自分を打ち出したり、敵を吹き飛ばしたりしているのよ」
後半はエルが呆れたように付け足した。あんな風に結界を足場にする、というような使い方をするのは稀というのはよく分かった。
「とは言っても、冒険者としてだと結界で魔術を防ぐとかあんまりやらないんですよね……基本的に冒険者は大群で戦うことないですし、魔術を使う高位の魔族と戦うことも稀です。それに、身体強化だって、前衛が防御中心だと、掛けたところで殲滅力変わらないじゃないですか?」
「だから、自分で敵をぶっ叩くほうが早いと?」
「そういうことです!」
「成程な……しかし、神聖魔法って言うと、もう少し回復魔法とか、そっち中心のイメージがあったんだがな」
「ありますよ、回復魔法。でも、あんまり使わないですね」
「うん、そうなのか?」
「はい。回復魔法は打撲や火傷には効果があるんですが、切り傷にはあんまり効果がないんです。止血は出来ますけど、失った血は回復しませんから。それに、戦闘中に回復魔法が必要というのは、後手に回ってるのと同義。基本は回復魔法なしで勝利できるのが一番です」
後手に回っている、言われてみればその通り。なんとなく、ゲーム的な感覚が外れていなかったのかもしれない。そう思っている傍で、クラウが続ける。
「あと、切り傷だと毒が怖いですね。解毒の魔法は高位のモノなので、使える人も限られます。司祭クラスでないと対応できません」
「えーっと、クラウは解毒の魔法、使えないのか?」
その質問に対し、クラウの表情が少し曇った。まずい質問をしたか――ソフィアが高位の魔術を使えたので、そのノリで話してしまったのは確かだ。
だが、すぐにクラウは笑顔に戻った。とはいえ、少し自嘲気味な笑顔だったが。
「……はい、使えません。私、教会では落ちこぼれの方だったので。神聖魔法は7つの階層があり、それぞれ侍者級、修道士級、助祭級、司祭級、司教級、大司教級、枢機卿級に分かれます。私が使えるのは助祭級まで、一枚の結界と補助魔法、簡易な回復魔法までしか使えません。なので、大きなケガはしないでくださいね、アラン君?」
最後は、いつもの調子に戻ってくれていた。彼女なりに変な空気にならないように気を使ってくれたのだろう、ここは折角なのでその助け船に乗らせていただくことにする。
「はいはい、気をつけるよ……んで、最後のはなんだ? カンナギ流とかなんとか」
「格好良かったでしょう?」
「……それは否定しないが、答えにはなってないな」
「アレはですね、ニンジャの技です」
忍者っぽい技とは認識していたが、そのものズバリが口から出てくるとは思わなかった。ファンタジーの世界観が壊れる。いや、この世界だともしかしたら忍者は一般的な知識なのかもしれない。
「ニンジャ?」
エルが振り向いて、「初めて聞いたわ」という顔をしている。これは一般的ではなさそうだ。
「エルさんも知らないのも無理はないです……なにせ、幻の技ですから」
「どこでそんなもの習ったのよ」
「知人に詳しい人がいるんです」
そんな知人居るものか、そう心の中で突っ込んでいると、エルも「お得意の設定ってヤツじゃない?」と突っ込んでいた。クラウはまた、他人事のようにははは、と笑い、改めてこちらに向き直った。
「ともかく、神聖呪文と私の出来ること、これで分かってくれましたかね?」
「あぁ。ちなみに、神聖魔法は魔力を消費するって話だが、一日でどれくらい使えるんだ?」
「さっきのを約三十セット、は限界ですかね。一日寝れば魔力自体は回復するんですけど、肉体のほうが限界かと。できれば二十セット程度で済ませたいところです」
「まぁ、それだけ使えれば十分だろ……あとは、そこまで使わないように依頼を達成できるよう、俺の腕の見せどころだな」
「ふふ、頼りにしてますよ、アラン君」
「おう、ほどほどに期待しといてくれ」
その後、獣道上では敵との遭遇は無く――厳密に言えば、接敵しそうになったら避けていたのだが――進むことができた。
林の隙間から、細い煙が上がるのが見える。火事とかそういうのでなく、恐らく生活の火だ。林を抜けると、そこは崖の上だった。眼下には渓谷が広がり、そこには魔族の簡易な藁の住居や、白い肌の魔族たちが無数に点在していた。
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