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7-13:第八代勇者ナナセ・ユメノについて 上

 自身の話が始まるというのに眠りこけているので、隣に座るソフィアが身を乗り出して、船をこいでいるナナコの肩をがくがくと揺らし始めた。


「ほらナナコ、起きて! アナタに関係ある話かもしれないんだから……」

「……はえ? あー……ソフィア、おはよぉ……むにゃ……」

「……もう! すいません、グレンさん……」


 少し話をして信用したのか、いつの間にかソフィアはグレンに対する警戒を大分解いているように見える。同時に、ナナコに対しても態度が柔らかくなって――いや、我らが准将殿はナナコの柔らかそうな頬をぺしぺしと叩いているから、態度は決して柔らかくはないのだが、ともかく随分と打ち解けてくれたようだ。


「ふぉっふぉっふぉ……ソフィア殿、いいんですよ。ナナコ殿も、ずっと気を張り詰めていたのですから、疲れていらっしゃったのでしょう」

「……えぇ、そうですね」


 グレンの言葉に、ソフィアはナナコの頬を叩くのを止めた。ナナコが気を張り詰めていたのはソフィアのためだろう。聞くところによると、滑落したソフィアを救うために川に飛び込んで、ソフィアの看病をしながら周囲を警戒していたのだから、確かに疲れていてもおかしくはない。


 少しの間、一同でナナコの方を見つめ――先ほど一瞬だけ目を覚ましたのが嘘かのようにナナコはぐっすりと眠っており、大きく開かれた口の端からよだれが少し垂れている。


「むにゃぁ……うへへぇ、もう食べられないよぉ……」

「……でも、なんだか癪なので、やっぱり起きてもらいます」


 幸せそうな夢を見ているナナコに対し、ソフィアは再び頬を叩き出した。最初の内は小気味のよい音が室内に響いていたが、全然起きださないナナコに対してソフィアも業を煮やしたのか、音が段々と強いものになっていった。


「むにゃ……いた、いたたたた!? そ、ソフィア!? ねぇ、起きたから! 起きたからぺちぺち止めてぇ!」

「ふぅ……ナナコ、もう居眠りしたら駄目だよ?」

「ふぁい……いやぁ、お話が難しくって」


 たはーっと笑うナナコを見ていると、いい意味で気が抜けてくる。ソフィアたちはなんやかんやで結構真面目だし、真剣な話になると少々深刻になるきらいがある――それは、自分も含めてそうかもしれないが。一方、ナナコはいつもマイペースで朗らかなので、一人くらいこういう子が居ると何かとバランスが取れていいのかもしれない。


「お話が難しくてすみません、ナナコ殿」

「いえいえ、私の頭が悪いだけなので、グレンさんは気にしないでください! えぇっと、それで何でしたっけ? 神聖魔法がうんぬん、みたいな?」

「……それは大分前に話し終わったよ」


 呆れたような目線をソフィアから注がれ、ナナコは再びたはーっと笑った。


「ふぉっふぉっふぉ……ナナコ殿のお話をしようと思っていたところです」

「あ、なるほど! それで起こされたんですね!」

「えぇ、それで……そうですな、記憶が無いとのことですが、まずは分かっている範囲で良いのでナナコ殿の状況を教えてくださいませぬか?」

「え、えぇっと……多分、私よりも周りの人の方が詳しいと思います」


 ナナコの言う通り、こちらは彼女が記憶を失う前のセブンスと呼ばれていた時からの情報がある――少女の困った顔に対して自分が頷き、古の神と呼ばれる連中が連れてきたこと、王都やガングヘイムが襲撃されたことなどをグレンに伝えた。


「ふむ、なるほど……ちなみにアランさんは、ナナコ殿のことをどのようにお考えで?」


 話しが終わった後、グレンが髭を撫でながらこちらへ質問をしてきた。ダンが言っていたことを論拠の一つにするのなら、自分と同じようにナナコも勇者ナナセ・ユメノのクローンと言ったところだろうか。


 ただ、遺伝子だとかクローンだとかを知らない少女たちやグレンに説明するのも大変だし、説明しだすと芋づる式に自分のことや他の知られるとマズイことまで話さざるを得なくなるかもしれない。そのため、グレンの疑問には首を振って応えることにした。


「……もしかすると、勇者ユメノ・ナナセの何か核のようなものがあって、それを成長させたのがセブンス……ナナコなのかな?」


 ソフィアがふいにそう呟く――我らが准将殿は鋭すぎると言ってもいいだろう。先ほどの魔族の核という情報が足がかりになったのだろうが、遺伝子情報など知らないのにそれに近い所まで推測を建てられるのだから。


 とはいえ、まだ彼女がユメノ・ナナセのクローンと確定したわけではない。自分も常々色々と仮説を立てて推論をしているが、この話を続けると少女たちが知るべきでない危険な領域に話が言ってしまう恐れもある――そうなれば、この辺りで止めたほうが良いだろう。


「……可能性としてはそういうのもあるかもしれないが、ちょっと飛躍しすぎじゃないか? ソフィア」

「えへへ、うん、そうかも……グレンさんごめんなさい、話の腰を折ってしまって」

「いやいや、お気になさらず……それでは、ユメノ殿の話をしましょうか。先ほども言いましたが、私のユメノ殿が出会ったのは三百年前……私はレムリア大陸で人間の農地や家畜を略奪していました。

 もちろん、それが私の任務だったのもありますが……日々我々が生きていくためだけの食糧を得るためでもありました」

「えぇっと……魔族さんは食べる物が少なかったってことですかね?」


 グレンの話を中断するように、ナナコが小さく手を挙げて質問をした。


「はい、その通り。農作物が育つような肥沃な土地は、全て人間が抑えています。また、魔族の多くは知能も低く、家畜を育てられるような工夫も出来ません。我々魔族が人を襲うのは種としての闘争本能でもありますが、同時に人の持つ食糧を強奪しなければ生きていけないほど困窮している、というのもあるのです」

「うぅん……理由は分かりますけど、納得は出来ませんね。魔族さんは力持ちそうですし、人と協力して土地を耕して、食糧をたくさん作って、お互いに分け合うのが良い気はしちゃいますけど……お互いにいがみ合って奪い合うより、そっちの方が良いんじゃないかなぁ」


 ナナコの素朴な意見に対して、グレンは静かに首を振った。


「口で言うのは容易いですが、やはり現実はそう甘いものではありません。何せ、人と魔族とは、本能レベルでいがみ合っており、簡単に手を取り合うことはできない。

 我々はティグリス神の、人は七柱の創造神の被造物として、雌雄を決するために生まれてきたのですから。手を取り合うというのはある意味では種としての存在意義を揺るがしかねないことなのですよ」

「う、うぅん……難しいです」


 存在意義などと抽象的な言葉に弱いのだろう、ナナコは額に指を当てながら眉をひそめた。対するグレン老は、また髭を撫でながら笑った。


「ふぉっふぉっふぉ、申し訳ない……ですが、ナナコ殿の意見もまた一理あります。我々が土地を荒らすことなく、人と共に生産を行えば、両種族が繫栄できるだけの食糧生産も可能でしょう。そしてそれは、ユメノ殿も同じ意見でした」


 そこでグレンは言葉を切って立ち上がり、後ろを振り向いて切りぬかれた窓の奥を見つめだす――まるで空の向こうに遠い過去を見出しているようだった。

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