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7-12:老魔族グレンとの会話 下

「ふむ、タルタロス。三百年前は青臭い子供だったのに、まさか魔将軍にまで昇り詰めていたとは……」

「え、えぇっと? まさかグレンさん、結晶から復活させたり出来ちゃったりします……?」

「いや、それは出来ませぬ。結晶と相応の触媒があれば、種族としての肉体を取り戻すことは出来ますが……その魂までは元に戻せませぬので」

「いやいや、肉体を戻せるだけでも怖いんですけど!?」

「ふぁっふぁっふぁ……肉が戻っても、魂が無ければもぬけの殻。仮に蘇生したとしても動き出すことはありませんが……まぁ、怖がられるのも本意ではありませんので」


 そう言いながら、グレンは結晶を机の上に戻した。エルがそれを手に取る傍らで、クラウが「レムリアに戻ったらギルドで報奨金にしましょう!」と提案している。まぁそんなに金銭にも困っていないのでどうするのも良いのだが、ついでに今更ながらに疑問に思ったことを魔族の老人に聞いてみることにしよう。


「魔族ってなんで死ぬ時に結晶化するんだ?」

「魔族が生命活動を停止する時、残るのが核である結晶……その魔族の結晶には、種族の因子が埋め込まれているのです。たとえば適当な死肉にこの結晶を埋め込み、神聖魔法により肉体を復元すれば、タルタロスの本来の種族、悪魔としての肉体は戻ってきます。一方で、肉体が活動を停止した時に、因子たる結晶だけが残るのですよ」


 埋め込んで肉体を復元すれば魔族の体を取るとするのなら――原理的に正しいかどうかは分からないが、魔族の核とは遺伝子を書き換える装置のようなものなのかもしれない。そうなると、同時に一つの疑問が思い浮かんだ。


「なぁ、仮にだが……その魔族の結晶を生きている人間……レムリアの民に埋め込んだらどうなるんだ?」

「……その者は魔族と化します。アンデッド種を想像すると分かりやすいのではないでしょうか? 本来レムリアの民は魔族の因子を持たないのに、ゾンビやスケルトンなどアンデッドと化す……そして、彼らを倒せば結晶化する。

 アンデッド化とは、朽ちた肉体をそのまま魔族化させる呪術であり……人の身に魔族の因子を埋め込む法でもあるのです」


 ゆっくりと語るグレンの言葉に、エルとクラウは驚きを隠せないようで――クラウなど、手で口をふさぎ、小さな声で「なんと罰当たりな……」と呟いた。一方で、ソフィアはその知的好奇心を刺激されたのか、真剣な表情で老魔族の方へと少し身を乗り出した。


「逆に、生きている魔族から結晶だけを抽出したらどうなるんですか? まさか、レムリアの民と同じ身になる……?」

「それは試したことはないので分かりませんが……というより、事実上不可能だと思います。結晶を抜き出せば、残りの肉は灰と化すだけですから。

 とはいえ、直感的には魔族の因子のみを抽出したとしても、元の形を取ることは無いと思います……つまり、魔族化は不可逆の変異と言えるのではないでしょうか?」

「なるほど……しかしもしかすると、レムリアの民と魔族は、実は先祖が同じなのかもしれないですね?」


 考え込むように顎に手を当てて呟くソフィアに対し、クラウは少女の思考を制止するように手を挙げた。


「ちょっと、止めてくださいよソフィアちゃん。そんな訳……」

「うぅん、可能性はありうるんじゃないかな? だって、結晶さえあれば人の身は魔族と化すんだから」

「で、でも、そんなことをして誰が得をするっていうんです? そもそも、魔族は邪神ティグリスが人類の敵対者として作って……」


 クラウは必死に否定しているが、自分はソフィアと同意見だ。人という種族と魔族という種族を別口に作るより、特定の装置で人を亜人として魔族に変異させる方が楽で効率的と思われるからだ。


「……そうだね。ごめんねクラウさん。レムリアの民を魔族化して、得をする人なんていないはずだもんね」


 ソフィアは意外なほど、すぐにクラウの気持ちに寄り添うように謝罪をしたが、自分はそうは思えない。得をする連中は居るのだ。それは、七柱の創造神――奴らは人の敵対者として魔族を作り、定期的な衝突による文明の停滞を招き、人の進化を抑制しているのだから。


 この仮説が正しいのなら、七柱がやっていることは酷いマッチポンプ所の騒ぎではない。人の記憶だけでなく、身体を改竄するようなことを平然とやっているのだから――それこそクラウの言葉を借りれば、七柱こそ「なんと罰当たりな」である。


 もちろん、魔族は魔族で交配をして子孫を残せるようだし、直近ではわざわざ人の身を改造しているわけでもないだろうが――しかし、本能と文化のレベルで互いに嫌悪感を持たせて争わせているのに、実は二種の先祖は同一であったとなれば、七柱は相当に非道徳的な行いをしていたと言わざるを得ない――。


「そうだ、ティグリスで思い出したんだけど……アランさん! ダンさんが変なことを言ってたんだよ」


 ふと、自分が考え事に没頭している隣で、ソフィアがニコニコしながら自分の顔を覗き込んできた。


「……うん?」

「あのね、アランさんが邪神ティグリスに似てるんだって!」

「はぁ……? あぁ、なるほど、それでクラウとエルがちょっとよそよそしかった時があったんだな?」


 ダンの奴、何を吹き込んでくれてるんだ――邪神ティグリスなんて奴がいないのはアイツは良く知っているはずだ。しかし、邪神に似ているなんて言われたら、とくに信心深いクラウなどはぎょっとしたはずだ。


 自分がそんなことを考えていると、知識欲が強いソフィアが、テーブルから身を乗り出してグレンの方へと詰め寄っていた。


「グレンさん! 邪神ティグリスって、どんな神様だか知っていますか?」

「ふぉっふぉっふぉ……アナタ方と知っていることはそう変わりは無いと思います。我々魔族をお創りになられ、いつの日か七柱の神々とレムリアの民を滅ぼし、魔族に勝利をもたらす戦の神ということくらいで……。

 あとはそうですな、ティグリスというのは古の神々の言葉で虎を意味するのだとか、それくらいでしょうか」


 なるほど、言われてみれば、レヴァルの地下や魔王城に並んでいた石像は虎の形相をしていたっけ。しかし虎、虎ね――そう思った瞬間、ダンが自分をティグリスと言っていたのが呑み込めた。


 邪神ティグリスとはDAPAに敵対していた旧政府側の象徴として、ある一人を選出したのだろう。その中で選出されたのが虎――自分が死んだ後は、べスターがT2として戦っていたのだろうし、恐らくは七柱は原初の虎を意識して――ないし、自分とべスターを合わせて――虎から邪神の名を付けたのかもしれない。


 つまり、ダンが俺のことをティグリスに似ていると言ったのは、恐らく紛れもない事実なのだ。


「……アラン? どうしたの、何かハッとした表情をしてるけれど」

「い、いや!? 全然、何にもハッとしてないぞ!?」


 エルの突っ込みを、首と手を全力で振って否定する。まさか、魔王の討伐や邪神復活を阻止するために頑張っている少女達に対して、実は自分が邪神ティグリスでした、とは言い難いものがある。同時に、ルーナの言う邪神復活の兆しだなんてものは嘘八百といえる。


 やはり邪神など最初から存在していない――正確には寓話の元は居ても、神話に語られる魔族の長としての邪神など存在しないのだ。強いて言えば、邪神ティグリスはレムの手によって既に復活していると言うのが正しいのだが、自分もべスターも魔族やティアに魔法を授けたりしてはいないのだけは確かだ。


 ともかく、なんとなくだが旗色が悪い。ソフィアはなんだかニコニコしているが、エルとクラウが訝しむ様な眼でこちらを見ているのだ。こうなったら話を仕切りなおしたほうが良いだろう。


「……そうだ! そんなことより、勇者ナナセのことについて聞かせてくれよ! ナナコだって気になるだろ?」


 そう、先ほどから気配を感じない者の名を呼んでみて、何故に気配が無かったのか納得した。難しい話をしていたせいか、ナナコはぐわんぐわんと頭を振りながら気持ちよさそうに眠りこけていたのだった。

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