7-8:洞穴のガールズトーク 下
「……ソフィア!」
すぐに金髪の少女に近づき、その体を支える。そしてゆっくりとその体を横たえさせ、先ほど本人がはねのけた毛布を再びソフィアの身体に掛けた。
「もう、無茶するんだから……」
「うん……ナナコ、ごめんなさい」
「えっ?」
「うぅん、違うかな……ありがとう、かな」
「えっ、えぇ?」
予想外のソフィアの反応に、自分は素っ頓狂な声を上げてしまう――まさかこの子の口から感謝の言葉が出てくるとは。いや、そう考えてしまうのも失礼ではあるのだが、今までの態度が態度だったので驚いてしまったのは許してほしい。
ソフィアはそんな自分の反応がおかしいのか、口元に微笑を浮かべた。
「川に落ちた私を、ナナコが助けてくれたのはボンヤリとだけど覚えてるの。アナタが居なかったら、今頃私は溺れ死んでたと思うから……だからありがとう」
「そ、ソフィア……ソフィアぁ!」
やっと心が通じ合った――というのは言い過ぎにしても、少し心を許してもらえたのが嬉しくて、つい横になっている少女に抱き着いてしまった。ソフィアはやはりまだ力が入らないのか、自分の額になんとか、という調子で手を当ててこちらの接近に抵抗してきた。
「や、やめ、くっつかないで……暑苦しいんだから……ふぅ、クラウさんにくっつかれるエルさんの気持ち、少しわかったかも……」
「え、えへへ、ごめんなさい……」
確かに、ちょっと調子に乗ってしまったかもしれない。ともかく再び少女の近くに正座をして、
「……でも、私を看病するのに魔族の住処に来たのはちょっといただけないな」
「あ、あははぁ……でも、ソフィアの体温が落ちてて、雨にぬれずに身体を温める場所が必要だったから……」
「うん、分かってる。私を救うにはこうするしかなかった……それに、あのグレンという魔族に殺気が無かったことも理解してる。もちろん、ナナコのことを知っている風だったのは気になるけど……覚えていないもんね?」
「あはは、うん、その通り……ごめんね」
「ナナコが謝ることじゃないよ。私がドジを踏んだのが悪いんだから」
ソフィアはそれだけ言って、焚き火の方に向かって寝返りを打って顔を逸らしてしまう。そしてややあってから、ソフィアは仰向けになり、顔だけこちらへ向けて口を開いた。
「……あのね、ナナコ」
「うん?」
「私ね、私……アナタが怖いの」
「え、そんな……全然人畜無害だと思うけど……」
「うん、それは分かってる。アナタに悪意が無いの、それはわかってる。でも、だから怖いの……」
「う、うぅん? その、私はあまり頭が良くないから、キチンと言ってもらえると助かるかなぁ」
「……笑わないで聞いてくれる?」
ソフィアはまた寝返りを打ち――炎にあたって温まったのか、頬を少し上気させてこちらを見た。
「絶対に笑わないよ!」
「うん、それじゃあ……その……私がアナタが怖いのは……アランさんを、盗られちゃうと思って……」
「……はい?」
「……ナナコは、アランさんと似てるから。なんだか、二人は考え方も行動も似ているの。だから、相性が良いんだろうなって……それで……」
「えぇっと、つまり……どういうこと?」
ソフィアの言わんとすることがさっぱりわからず――いや、きっと凄い覚悟を持って告白してくれたのに分からないのも失礼なのは承知なのだが、ともかく分からないので無粋と分かっていても聞き返すことしかできない。するとソフィアはその大きく綺麗な眼をパチクリさせ、ややあって頬を膨らませ、またぷい、と寝返りを打ってしまった。
「ナナコのにぶちん! 分かってよ、もう……」
「ご、ごめん! でも、にぶ、にぶちん……ふふっ……!」
いつも難しい言葉を使うソフィアからなんだか可愛い言葉が漏れたので、不思議と笑ってしまった。多分、これはギャップ萌えというやつだ――普段と違う面白さ半分、可愛らしさ半分、ともかくなんだか愛おしくってまた抱きつきたい気持ちになるが、それをするとまた不機嫌になってしまうかもしれないので、その衝動をグッと堪える。
そして自分が笑ってしまったのが気に食わなかったのだろう、毛布に覆われているというのに眼で見てわかるほど少女の背中が震えていた。
「え、えとえとえと、笑ってごめんねソフィア。ただ、盗られちゃうって言っても、アランさんは私のモノじゃないし……うん、にぶちんで申し訳ないんだけど、もうちょっと踏み込んで言ってもらえると助かるかな」
「やだ、もう言わない……絶対笑わないって言ったのに、ナナコは笑ったんだもん」
「あぁ!? 確かに!? うぁー……ごめんなさい……その、次こそ笑わないから!!」
顔の前で手をすり合わせ、誠心誠意を込めて謝る。ソフィアはしばらくは押し黙っていたが、また少ししてこちらを向いてくて――なんだか真剣な面持ちをしている。
「じゃあ、こっちから質問。ナナコはアランさんのこと……その、好き?」
「うん、好きだよ!」
「あのね、人となりを好意的に受け止めるとかいう意味でなく……ごめん、聞き方を変える。アランさんのこと、異性として好き?」
「えぇ? それはアレかな、付き合いたいとか、恋人になって欲しいとか、そういう意味かな?」
「何でそういう所の言語化はイヤに鋭いの? でも……うん、そう」
「うーん、そういう感じじゃないなぁ。アランさんって面白いし好きだけど……そうだなぁ、たとえるなら近所のお兄ちゃんって感じの好きかな?」
実際、アランと恋人になりたいかと聞かれれば皆目ピンとこない。以前に会ったような懐かしさはあるし、人としては好意的に思っていても、言われてみれば異性として意識するような相手ではないというか、そもそも歳も離れているし、口にしたように兄とか、そういう方がしっくりくる気はする。
質問をしてきたソフィアは、自分が考え事をしているうちに少し動いたらしい、毛布を口元まで上げて瞳だけでこちらを伺っていた。
「……ホントに?」
「うん、ホントにホント」
「後で心変わりしない?」
「いやに念を押してくるね!? まぁ、将来のことまではちょっと分かんないけど……」
一応、今後何かあって異性として惹かれる可能性をゼロとは言い切れない。そう考えれば、絶対にないと断言もできないのだが――なんだか縄張りを守ろうとする子犬みたいに「ふーっ」と威嚇してくるソフィアを見ていると、とりあえずこの場は「無い」と言った方が良さそうな気がしてきてしまい、流されるように「……まぁ、多分変わらないと思うかな?」と返答してしまった。
しかし、ようやくソフィアの真意が読み取れた。盗られてしまうとか、似ているから相性が良いとか――。
「つまり、ソフィアはアランさんのことが、異性として好きってことなんだね?」
「えぇっと、その……」
そこでソフィアは上半身を起こし――毛布が肩から落ち、下着姿の華奢な体が顕わになる。先ほどまで青白かったのが嘘かのように頬を赤らめ、少女は小さく頷いた。こんなにいじらしくて可愛い生き物、初めて見た――いや、記憶を失う前に見たこともあるのかもしれないが、ともかく今は全力でこの子の味方をしてあげたくなってきた。
「なるほど……分かったよソフィア! 大丈夫、私がソフィアの恋路をサポートするから!」
「あ、あの……気持ちは嬉しいけれど、あんまり余計なことはしないで欲しいんだけど……」
「えぇ!? 邪魔かな?」
「というより、ナナコのサポートって何するか分からないというか、何ならアランさんに直接言ったりしそう……」
「さすがにそんなデリカシーのないことはしないよ!?」
「……ホントに? それじゃあ、どんなサポートをしてくれるの?」
「そうだなぁ……うーんと、えぇっと……ソフィアの悩みを聞いたりとか?」
思い付きで言っただけだが、我ながらなんだかワクワクする提案であった。まさかつい先ほどまで避けられていた少女と恋バナまで出来る仲に進展したのは勿論のこと、その恋バナ自体もなんだか面白そうでワクワクしてしまう。
いや、面白そうとかワクワクするとかいうのも失礼なのだが――とはいえ、こうやって心の内を明かしてくれたのは嬉しいことだ。何故なら――。
「……なんだかソフィアって、一人で思いつめてるところがあるから。そういうの吐き出すだけでも、きっと少しは楽になると思うんだ」
「ナナコ……余計なお世話だよって言いたいところだけど、でも、ありが……」
ソフィアはそこで何故だか言葉を切って、自分の後ろを眺めながら瞳を大きく見開いている。直後、「ソフィア!!」と少女の名前を呼ぶ声が洞窟内に響き――それは、聞き馴染みのある青年の声で、自分の正面にいるソフィアは口をわなわなと動かしていた。
「ナナコも無事か! いやぁ良かった……あ?」
「……いやぁぁあああああああ!!」
かなり肌を露出させているのを見られて恥ずかしかったのだろう、ソフィアはすぐに手元にあった毛布で自分の体をくるみ、先ほどまで低体温でダウンしていたのが嘘かのような大絶叫を洞窟内に木霊させたのであった。




