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7-7:洞穴のガールズトーク 上

 魔族の老人グレンに連れられて河原を少し下ると、彼らが拠点にしている洞窟にたどり着いた。その洞窟の少し入り込んだところで老人が火を焚いてくれ、自分はソフィアの服を脱がせて魔族から受け取った繊維で身体を拭き、少女に毛布をかけて火の側で温めさせることにした。


 そしてしばらくの間、自分は眠るソフィアの側にぴったりとくっついて看病をすることにした。グレンは話も通じるし悪意も感じないが、洞窟の入口付近にたむろしている若い魔族たちはその限りではないというか――グレンが諫めているから襲ってこないし、自分が先ほど見せた技のおかげか私のことは警戒しているようだが、ソフィアを一人にしたら危険そうではある。


「……なるほど、記憶が無いのですな?」

「はい、そうなんです……」


 看病する傍ら、グレンに自分の状況を伝えることにした。


「えと、アナタは私をナナセ・ユメノって言いましたけど、以前に会ったことはあるんでしょうか?」

「えぇ、先ほども話しましたが、三百年前に……レムリア大陸でヤンチャをしていた時に、それはもうコテンパンに打ちのめされまして」

「え、えぇ!? それなら、まさか恨んでいるとか……」

「ふぁっふぁっふぁ……いやとんでもない。本来ならその場で殺されてもおかしくなかったのに、見逃していただいて……どこか仲間たちと静かな場所に移るようにと提案していただいたのです」

「はぁ……それだけじゃなんというか、感謝される筋合いも無い気もしますが……」

「そうですなぁ、当時はそこまで深く考えていませんでしたが……しかし、長い時の中で徐々に考えを改めるようになったのです。もしあのままレムリアか暗黒大陸に居たら、今頃自分はおろか、仲間たちも生き残ってはいなかったでしょうから」

「……それは、レムリアの民に迫害されてしまうから?」

「まぁ、そうですな……しかし、それも致し方のないこと。我々魔族とレムリアの民とは、本能的レベルでは闘争せざるを得ない……ティグリス様が仕組んだのか、はたまた別の何者かが仕組んだのかは分かりませんが……。

 一言で言ってしまえば、我々は生存競争上の弱者という摂理の上にいるだけ。個々の力は強くとも、数と知恵で上回るレムリアの民を上回ることは出来ませんからな」

「……なんだか、それは寂しい気がしますね」

「ふぁっふぁっふぁ……やはり、アナタはナナセ・ユメノにそっくりですなぁ」


 グレンはそこで一度言葉を切り、改めてこちらをじっと見つめてきた。眉毛にほとんど隠れている瞳には全く悪意は無く、本当にどこか遠い過去を懐かしむ様な暖かさに満ち溢れている。


「……しかしまぁ、レムリアの民の寿命は長くとも百に満たない。異世界の勇者が同様の寿命を持っているかは分かりませんが……よく見れば、アナタは以前に会った時よりも幼くなっているように見える。そうともなれば、アナタはユメノ殿に似た誰か、というだけなのでしょうな」

「はぁ……ちなみに、今の私はナナコです!」

「そうですか。それでは、ナナコ様とお呼びしましょう」

「い、いえ! 様付されるなんて恐縮と言いますか! 殺人料理を出して皆さんをドン引きせる程度の若輩者なので……!」


 様付されるほど偉くはないから、自分のダメな所を伝えて止めてもらおうと先ほどあったことを伝えると、むしろ先ほどの罪悪感が戻ってきてしまう。そもそも、自分が殺人料理を作りさえしなければ、ソフィアに危険な思いをさせることもなかったのだが――そう思いながら横になる少女の方を見ると、瞼が動き、そのまま薄目の碧眼が開いた。


「うぅん……」

「あ、ソフィア! 体調はどう!?」

「……ナナコ……うん、良くはないけど……!?」


 ソフィアは青白い顔のまま、虚ろな目線で周囲を見回す――だが、グレンを見るとすぐに顔に鬼気を現し、毛布をはねのけて立ち上がった。


「魔族!?」


 ソフィアは下着姿のまま魔術杖を手に取り、すぐにレバーを操作してグレンの方へ向ける。先ほど、魔族と人は本能レベルで対立しているとは聞いていたが――ともかくこのままではマズいと思い、自分はソフィアの魔術の射線に入るような位置に割り込んで両腕を広げた。


「ま、待ってソフィア! グレンさんは悪い魔族じゃないんだよ!」

「……ナナコ、アナタがここに私を連れ込んだの!? そうか、ゲンブはブラッドベリと組んでいたし、そういう意味じゃアナタも……!」


 ソフィアは一人で何かを言いながら勝手に何かを納得しているようだ。そのせいか、彼女の殺気が自分にまで浴びせられるようになってしまう。


「ちょ、ちょっと待って! ソフィアが何を言っているのか分からないよ!?」

「ふぉっふぉっふぉ……いいんですじゃナナコ殿。これがレムリアの民の正常な反応でありますから……私は気にしておりませんぞ」


 慌てて止めに入っている自分とは対照的に、グレンは冷静、温厚そのものだ。それどころか、木製の杖を突いて立ち上がって自分の横に並び、ソフィアが突き出している機械の杖をじっと見つめているようだ。


「……かなり複雑な機構の魔術杖を持っている。ともなれば、第七階層クラスを使う魔術師とお見受けするが……」

「……私はソフィア・オーウェル。レヴァルの司令官、そして、第十代勇者アラン・スミスのお供で……」

「なるほどなるほど、お若いのに素晴らしい経歴だ……ともなれば多くの我が同胞たちを亡き者にしてきたのじゃな?」


 恐らく、老人の口から淡々とした様子でそんなことを言われるとは少女も思わなかったのだろう――事実、同胞を殺めてきたというのなら、少なからず恨みつらみがあってもおかしくないはずだ。グレンの声にソフィアは一旦狼狽したように身を引き、だがすぐにまた毅然とした瞳で老魔族を見据えた。


「……そうです。そういう意味では、アナタは私が憎いはず……同様に、私も人間世界に暴虐の限りを尽くした魔族を許しはしません」


 ソフィアがそう言い捨てて後、洞窟の中に幾許かの静寂が訪れる。焚き火の朱色が壁面を照らし、ぱちぱちという細かい音を立てている。ともかく、この事態を招いたのは自分なのだから、なんとかしなければならない。そう思い立って二人の仲裁に――もっとも、この場で怒気をはらんでいるのはソフィア一人なのだが――入ることにする。


「え、えと、グレンさんごめんなさい……そ、それにソフィアも、そんなに怒るとは思わなくて……」

「ふぉっふぉっふぉ、もう一度言いますぞナナコ殿。私は気にしていないと」


 二人のうち、老人の方が早く反応してくれ、こちらを見ながら長い髭を撫でながら笑った。そしてグレンは再度、杖を持ったまま警戒の色を解かない金髪の少女へと向き直る。


「ソフィア殿。私のことは悪く思っても、ナナコ殿のことは悪く思わないでいただきたい。彼女は溺れるアナタを救って、ここまで運んできて、献身的に看病をしてくれた……それに聞くところによれば、ナナコ殿は全く記憶がないとのこと。魔族とレムリアの民の確執など、本当に知らなかっただけじゃろうて」

「……この子は、魔王ブラッドベリの関係者と知り合いなんです。そういう意味では、魔族と組んでいてもおかしくはない」

「ふむ、その辺りは本当に、私たちは何も知らないのが正直な所なのじゃが……しかしソフィア殿、本当は分かっておるのじゃろう? ナナコ殿に悪意が全くないことは……」

「それは……」

「見たところ、ナナコ殿に対しては別の理由で警戒しているようにお見受けするが……違いますかな?」


 老人がそう言って後、聡明なソフィアが珍しく黙り込んでしまう。もしかすると、図星を突かれたということなのか――そしてまた洞窟内に沈黙が戻ると、おもむろに老人が首を小さく左右に振った。


「ひとまず、ナナコ殿のお仲間もここへ連れてきましょう。我々に交戦の意志は無いことを示したいですし……しかし、我々は魔族故、恐らく警戒されてしまうでしょうから、どうしたものかな?」

「あ、それでしたら……!」


 自分は髪を束ねているリボンを解き、それを老人に向けて差し出した。これを見れば、自分が居ることの証明になるだろう。


「これをアランさんに見せてください。アランさんなら、多分魔族とかレムリアの民とか関係なしに話を聞いてくれると思いますから」

「ふぉっふぉっふぉ……いや、ナナコ殿はアラン殿とやらを信頼していらっしゃるのですなぁ。まぁ、実際の所は警戒はされるでしょうが……色々加味して、恐らく付いて来てくれるでしょう。ともかく、入口の者たちには中に入らぬようきつく言いつけておきますが、一応警戒はしておいてくだされ」


 老人はそう言うとリボンをやんわりと握って、踵を返して杖を突きながら洞窟の入口へと向かっていく。


「……ソフィア殿。ナナコ殿はアナタの看病のために、また他の者が手を出せないようにするためにここに残ろうとしてくれているのです……せめて、彼女のことは信用してあげてください」


 それだけ言い残し、グレンは洞窟の外へと出ていった。その背を視線で追って、初めて雨がやんでいたことに気づく。そして背後から小さな呻き声が聞こえ――振り返ると、ソフィアが杖を落として今にも崩れ落ちそうになっているのが見えた。

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