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7-5:ナナコ危機一髪 上

「はぁ……申し訳ないです……」


 誰に言うわけでもなく、一人そうごちる――申し訳なさから声に出さないと、より大きい罪悪感に押しつぶされてしまいそうだったから。


 アランが自分の料理を食べて倒れてしまったが、ともかく単純に気絶しただけのようで、クラウの見立てによれば命に別状はなさそうということだった。というか、自分の作った料理に対して命に別状という言葉が出るのも大変にアレなのだが、ともかく最悪の事態は免れた。


 とはいえ、クラウからはこっぴどく怒られた。レシピは守るモノじゃなくて守られるモノなんだとか、調味料が一気に減ってしんどいだとか、作ったものがもったいないとか色々言われた気もするが、あまり頭には入ってこなかった。


 もちろん、歩み寄ろうとしていたソフィアからは余計に白い目で見られるようになる始末。むしろ、記憶喪失のふりをしてこちらの命を狙ってるんじゃないかと訝しまられたが、流石にこれは単純にメシマズなだけとクラウがフォローなのだかフォローでないのか良く分からない仲裁をしてくれたので事なきを得たのだが――ともかく信用を得るどころか皆からの信用を一層失ってしまったのも確かだった。


「……まぁ、このドス黒いのを見て食べる方も食べる方よね」


 と謎のフォローをしてくれたエルは、現在は側にいない。アランがなかなか起きないので今日の移動は止めて、ここをキャンプ地にするのに薪集めなどの準備をエルとクラウの二人でしているためだ。


 もちろん、自分も手伝いたいとは申し出たモノの、流石に昨日の今日というか、さっきの今では信用を得ることも出来ず、ともかく大人しくしているようにと言いつけられ、体育座りをしながら大人しくしていることしか出来なかった。


 ちら、とソフィアの方を見ると、魔術杖を傍らに置き、倒れるアランの側から片時も離れようともしない。じっと彼の顔を覗き込んでいて――時おりこちらを盗み見ているのは視線で気付いているが、こちらから見ている時には全く目を合わせてくれなかった。


 本来なら声をかけて色々とお喋りをしたいのに、流石に自分のせいで皆に迷惑をかけてしまった手前、なかなか声をかける勇気も出ない。元々アイスブレイクのために作った料理が鉄のカーテンをより強固にしてしまったことを思うと、何ともやるせない気持ちになる。


 何より、気絶するほどマズいものをアランに食べさせてしまったことが一番申し訳ない。同時に、気絶するほどのものを作ってしまったことが空恐ろしくもあり――なんとなく誰かに料理を振舞っていたのは事実だと思うのだが、きっとその振舞われていた相手も苦しんでいたのだと思うと、なんだかもう――。


「……はぁ、申し訳ないです……」


 結局思考が一回りしてきて、同じことを言ってしまった。ふと膝から額を離して空を見上げれば、そこにあるのは自分の心を写したような曇り空がある。いっそ、涙のように雨でも降ったら――いや、それは困るな、野営をするのに雨は悪条件だ。


「……ナナコ」

「……ひゃい!?」


 急に名前を呼ばれたのでビックリして、肩が大きく跳ね上がってしまう。ともかく、折角声をかけてもらえたのだからすぐに返事をしないと――そう思ってソフィアの方を見ると、少女は物憂げに曇り空を見上げていた。


「は、はい! なんでしょう!?」

「雨が降ってきたら困るから、テントを張りたいんだけど……手伝ってもらえる?」

「お、お任せください!!」


 声を掛けられた緊張に思わず敬語になってしまうが――仕事を振られたことが嬉しくもあり、ともかくリュックの上に縛り付けているテント一式を取り、ソフィアの方へと小走りで移動した。


 しばらくの間は無言でテントを設営する。この辺りは虫が出るし、雨も多いのでテントは必須だ。前日まではアランとエルが設営してくれていたのだが、今度ばかりは自分にもできる気がする――その勘通り、身体が覚えてくれているのだろう、手順を頭の中で反芻しなくとも勝手に手が動いてくれた。


「……てきぱきと動くね」


 ふと、ソフィアの声が聞こえてくる。そちらを振り向いてもソフィアはすぐに眼を逸らしてしまうが、やはりチラチラとこちらのことを見てくれているようだ。


「えへへ、そうかな?」

「うん。これなら任せても大丈夫そう」

「うん! それなら任せて!」

「……でも、さっきも致命的な失敗をしてたから、やっぱり目は離せないかな」

「がーん……まぁ、そうだよね……」

「それに、二人でやった方が早いから……アランさんに濡れてほしくないし」


 それだけ言って、ソフィアは手元に視線を戻して作業に戻る。


「……ねぇ、ソフィア。繰り返しだけど、色々とごめんね」

「ふぅ……だから、やられたことはそんなに気にしてないよ。これは嘘偽りない本心……もちろん、まったく根に持ってないって言ったら嘘になるけど、そんなことは重要じゃないんだ」


 ソフィアの声色は、静かだが芯の通ったもので、彼女のいう通りに嘘偽りないモノに感じられた。ただ、そうなれば腑に落ちない――もちろん、記憶喪失の自分が怪しいのは全くもって納得できるのだが、彼女が記憶喪失前の自分にやられたことを気にしていないのが真だというのなら、逆にここまで警戒されるのは納得できないからだ。


 残念ながらここ数日の間で、自分の頭はそんなによろしくないのは自覚済みだ。だから、少ない材料でこの美しい少女の本心を察せる能力は自分にない。それなら、聞いてみるしかない――デリカシーがない様な気もするし、踏み込むのに少し勇気もいるが、思い切って聞いてみることにする。


「そっかぁ……でも、それじゃあどうして私のことを避けるの?」

「……アナタの瞳を見ていられないの」

「……え?」


 全く予想もしていなかった返答に呆気にとられ、思わず間の抜けた返事をしてしまう。対するソフィアは、伏し目がちにこちらを見て――次第に顔を上げ、真っすぐに綺麗な碧眼でこちらを見据えてきた。


「その、ダークブラウンの瞳……アランさんと同じ色」


 そこまで言って再び視線を落とし、ソフィアは眠る青年の頬を撫でる。


「同じ記憶喪失で、同じように人が良くて……なんだか、二人は似ているの。私より、アナタの方がずっとこの人に近い様な気がして……」


 金髪の少女はしばらく青年を撫で続け――なんだか、その所作が艶っぽくて目が離せない。じっと見入っていると、ふいにまたソフィアが顔を上げてこちらを見てきた。


「ねぇナナコ、アナタはどこから来たの?」

「それは……」

「分からないよね。それは私も理解している……でも、根拠は無いけれど、アナタとアランさんの故郷はきっと一緒なんだと思う……それがどうしても羨ましくて、妬ましくて……」


 そこで言葉を切って、ソフィアはまた視線を落としてしまう。


「だから、私がアナタを避けていることに関しては、別にアナタに落ち度がある訳じゃない。どちらかと言えば私が勝手にアナタをやっかんでるだけ。そして、多分簡単にはこの気持ちは晴れないから……出来ることはお互いに距離を取ることだけだと思う」

「そんな……」


 ソフィアは声も表情も穏かで――しかし、まだ明確な怒気がある方がマシなように思われた。怒っているのなら感情の昂りさえ落ち着けばどうにかなりそうなものだが、こう落ち着いて言われてしまうと、もはやどう取り繕うことも出来なさそうと思えて来てしまうからだ。


 しかし突然、ソフィアは思い出したかのように頬を膨らませる。先ほどまでの大人っぽさが嘘のようで、少しだけ彼女の年相応な部分が垣間見える。


「……あ、そうだ! アランさんに変なものを食べさせたことは怒ってるよ!」

「あ、あはは……はひ、ずびばぜん……」

「それにほら、手が止まってるよ。私も頑張るから、ナナコも頑張って」

「う、うん……」


 ソフィアがせっかく心の内を吐露してくれたのに、関係修復の――いや、元から良くないから構築が正しいか――糸口は見つからない。目の色が気に入らないと言われて「はい変えました!」と眼の色を変えられる訳ではないのだから、もはやこちらの努力ではどうしようもない訳だ。


 ただ、心の内を明けてくれたのは一歩前進なようにも思う。それに恐らく、ソフィアが気に入らないのは、正確には自分の眼の色でなく、アランと同じだから、似ているから認められない訳で。それならば――。


「……どうすればいいんだろう?」

「ほら、また手が止まってる」

「は、はひ!!」


 ソフィアに後ろから突っ込まれて、いそいそとテントの設営に戻る。ともかく、今は作業に集中して――少しして設営が完了し、ソフィアが荷物を屋根の下に運ぶ傍らで、自分は移動させるべきものの中で一番重い青年の体を自分がテントの中に引きずり込んで、なんとか作業は完了した。


 作業が完了するのと雨が降り始めるのはちょうど同タイミングだった。自分はテントの入口付近から辺りを見回し――エルとクラウが戻ってきていないので、近くにいないか確認してみたのだが、まだ戻ってくる気配はない。


 そして視線を中に戻すと、やはりソフィアはアランの側にぴったりと寄り添い、深く眠る青年の顔をじっと覗き込んでいた。


「……ナナコ、お願いがあるんだけど」


 先ほどの拒絶の後でふと声をかけられたせいか、一瞬キョトンとしてしまったものの、お願いという言葉に心が踊る心地になり――それを聞けば、なんとか関係を良くできるかもしれない、そう思いながら狭い天井の下で身を乗り出してソフィアに近づく。


「うん、何々!?」

「アランさんを……ごめん、やっぱりなんでもない」

「そこまで言われたらメッチャ気になるよ!?」

「うん、だからごめん」

「あふぅ……」


 せっかくお近づきになれるかと思い食い下がってみたが、流石に二回も謝られてしまうとこれ以上は詰め寄りにくい。仕方なしに入口の方へと戻って、エルとクラウの帰りを待つことにする。


 すでに雨は土砂降りという感じで、まだ昼間だというのに視界はかなり悪い。こんな中で二人は戻ってこれるだろうかという心配もありつつ、戻ってきたらすぐに身体を拭けるようにタオルの準備でもしておかないと――幸い、男性は寝ているので着替えるのも問題ないだろう――そう思いながら荷物に手を伸ばした瞬間、外から何者かの視線を感じた。


 二人が戻ってきたのだろうか? しかし、そういう感じではなかった。警戒するような、監視するような視線――ともかく、あまり良い気配ではない感じがして、慌てて入口の方へと戻って外に視線を巡らす。


「……さっき、外で何か動いたような」

「え、私は気付かなかったけど……エルさんかクラウさんかな?」

「うぅん、二人ならこの雨の中だし、すぐにテントの中に入ってくればいいだけ……何か、監視されているような……」

「そう……」


 ソフィアは言葉を切って、外套を羽織って魔術杖を取り、自分を押しのけて外へと飛び出した。

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